ふたり。-Triangle Love の果てに
シトラスに向かう前には、必ず泰兄の病院に足を運ぶ。
いつものようにノックすると、「どうぞ」と女性の声がした。
泰兄のベッドの両脇に座る女性ふたり。
ひとりは和服姿の気品に充ち満ちた中年女性。
そしてもうひとりの若い女性、こちらには見覚えがあった。
泰兄とYesterdayに来て、「私に合うカクテルを作って」と注文した人。
私を見るなり、彼女は驚いた顔をしたものの、すぐににらみ付けるような視線を送ってきた。
なんであんたがここにいるのよ、そう言いたげだった。
泰兄は、和服姿の女性に向かって「こいつに全部をやってもらってますから、ご心配なく」と言いながら顎をしゃくった。
「あらそう」と彼女は口に手を当てて笑ったが、すぐに立ち上がり胸元から名刺を取りだした。
「グラブAGEHAのママをしております、衣笠八重、と申します。あちらはちぃママも桐田京香でございます」
「片桐真琴です」
慌てて私も名刺を取り出す。
私の名刺を見たママは
「あら、バーテンダーをなさってるの。女性のバーテンダーさんは本通りには少ないとうかがってます。ぜひ一度寄らせていただくわ」とシルクのようななめらかな声で言った。
京香さんという女性にも名刺を差し出したが、「私は以前にいただいてるから、結構よ」と冷たく返された。
そう言えばそうだったな、と思い返す。
Yesterdayのカウンターで手渡した直後にバッグに無造作に投げ込んだっけ。
きっとその名刺がどこにいったかも、彼女ですらわからないだろうけど。
「オーナーがこの片桐さんを店に通い詰めて口説き落とした、と噂がたっていますわ」
「誰がそんなことを」と白い歯を見せる泰兄。
「AGEHAの若い子たちですよ。ホステスの引き抜き目的以外で女性を口説くなんて、とそれはもう大騒ぎ」
「まぁ、あながち間違いではありませんがね」
「正直な方。ここまでお元気なら、もう退院も近いのでは?」
「ええ、今すぐにでもしたいくらいですよ」
「ご冗談ばかり。では若い子たちにはオーナーはもう心配いらないと伝えてよろしいですね」
「ああ、ピンピンしていたとおっしゃってもらって結構です」
クスクスと笑ったママは、不機嫌そうな連れに声をかけた。
「京香、お邪魔をしては悪いから私たちはそろそろ失礼しましょう」
それでは、と頭を下げると彼女たち。
優雅な立ち居振る舞いに、思わず見とれてしまった。
でも私は気付いてたの。
京香さんの私を見る目が、とてもとても鋭いことに。
背筋がぞっとするくらいの険しさ。
閉められたドアに向かってもう一度お辞儀をすると、私は泰兄を振り返った。
「ステキなママさんね。さすがという感じがするわ。名刺交換の手が震えちゃった」