女王様のため息
司の彼女に会ったことはないけれど、司がお酒に酔った時に

『もろい女だ』

とこぼした言葉を聞いた。月に一度くらい二人で飲みに行くお店のカウンターに並んで、司の体温をほんの少し感じながらの一瞬。

その一瞬で、私たちの間の温度は下がって、会話すらぎこちなくなった記憶がある。

司には彼女の事を私に言う意思はなかったと思うけれど、おいしいお酒がほどよく回って、つい口も軽くなったようで。

『……彼女の事はどうでもいいんだ。真珠とは違って、一人じゃ不安定このうえない女。以上』

これを最後に、司と私の間には、彼女の話題は二度とのぼっていない。

あの日の司の苦しげな表情は、愛しい彼女の事を私につい呟いてしまった照れくささを隠すためのものに違いなくて、それが一層私の気持ちを追い詰めた。

『司がいなきゃ不安定な彼女って、何だか男冥利につきるね』

強がった私の言葉に小さく笑っていた司の横で、どんどん心が凍えていくのを感じていた。

司に対する恋心をその場で凍らせて、体の奥にしまいこんで、鍵をかけて、そしてその周囲には笑顔という完璧な仕上げを用意して。

「それでも、とうとう夕べ、ばれちゃったもんなー」

はあ、とため息を吐いて、ソファにもたれた途端に部屋に響き渡ったチャイムの音。

「あ、海かな」

よっこらしょっと、わざと気合いを入れる言葉を口にして玄関に向かった。

< 37 / 354 >

この作品をシェア

pagetop