抹茶な風に誘われて。~番外編集~

Ep.2 夜のお姫様に、ネオンの花とガラスの靴を。(香織編)

 小さい頃から、自分の顔が嫌いだった。鼻の付け根が低いのも、腫れぼったい一重瞼も小さな目も。特に鏡で見るたび嫌だったのは、エラがはった顔の形で。

 だから変えてやったんだ。もう世の中の誰一人だって、これがあの『キョウコちゃん』なんだって気づかないように。

 みすぼらしくて、情けなくて、大嫌いだった自分の顔。ううん、大嫌いだったのは顔だけじゃない。狭くてボロい家も、いつもびくびく怯えてなきゃいけない暮らしも、あの息苦しくなるような田舎の町も、何もかも嫌いで、憎くて仕方がなかった。

 中学を卒業と同時に家を飛び出して上京して、普通はみんなが嫌がる水商売の世界に飛び込んで――どれほどの解放感に包まれたことか。稼いだ金を整形代につぎ込んで、いつかそれも余るくらいになって、手に入れたのは望んでいた容姿と体型。派手で『美人』の域に入る華やかな自分になって有頂天になってた。そんな時だったっけ、あの男に出会ったのは――。

「ハイ、ハナコさん。バレンタインチョコレート」

 お店で用意する客への義理チョコの残りである金の箱。あたしがひらひらと見せびらかすようにして渡したプレゼントに、着物姿のオカマは顔をゆがめた。

「やだ香織、まーた持ってきたのお? いらないって言ってるでしょうがっ! バレンタインチョコってのは男に渡すもんよ」

 立派に中年のくせして、小指を立てた手を大げさに振って怒る――ふりをしてるだけなのは重々承知だけど――ハナコさんに、あたしはタバコの煙を吹きかけてやった。

「あら、ハナコさんが男じゃなかったら何なの? あーそっか、老人か。老人は歯も弱くてチョコも食べられないか」

「まっ、誰も食べないなんて言ってないでしょ! 今度老人扱いしたら、あんたのボトルにこっそり唾吹きかけてやるから」

「うーわ、陰険な嫌がらせ。オカマって女よりも陰湿よね」

「うるさいわよっ、全身整形女よりマシよ!」

 はたから見ればケンカしてると思われるかもしれないけど、これがあたしとハナコさんの日常会話。その証拠にもう見慣れた顔のお姉さん――もちろんオカマバーなわけだから、全員男だけど――たちは笑って見てるだけ。

 拍手して「もっとやれやれ~」なんてはやしたてる子だっているぐらい。それでも疲れた体をソファに投げ出したら、そっとオシボリとあったかい日本茶を置いてくれたハナコさんに、あたしは笑った。
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