弁護士先生と恋する事務員

 センセイ、豹変する




(先生、どうしちゃったの?私、何か気に障る事、しちゃった!?)



基本的に、剣淵先生は怒ることが少ない。

もちろん、理不尽な相手と裁判で戦ったりする時は虎のように吠えもするけれど

周りの人間、特に事務所のスタッフになんて本気で怒った所を見たことがない。


だから、今突然険しい顔で私を睨みつける先生を前に

心臓がバクバクと暴れ出し、頭の中が真っ白になっていた。



嫌だな、先生を怒らせちゃったのなら謝りたい。

先生に嫌われたら、悲しいよ――


ヒリつく喉の奥から、なんとか声を絞り出そうと口を開きかけた時

先生は私の目を見つめたまま、言った。


「お前は親切で心の優しい女だけどな、大事なもんが欠けてる。」


「……は…?」




「『警戒心』だ」




――先生が何を言おうとしているのかわからない。

軽くパニック状態に陥っている私の頭は、まったく働かない。


「いくら熱があって寝込んでてもな、女一人押し倒すぐらい、男にとってはたやすい事なんだぞ。」


「………」


「男の一人暮らしの家に上がり込んで、ベッドの横で甲斐甲斐しく世話を焼いたりすれば、男が変な気を起こすことだって予測できるだろう」


「な…に言ってる…んですか……」


先生らしくない言葉に、どう反応していいのかわからない。


先生が見舞いに来た事務員ごときに我を忘れて欲情するほど、女の人に不自由しているとは思えない。


本気で言ってるんだろうか、それとも数秒後には『冗談だ』って

いつものようにわははと笑いだすんだろうか。


どうしていいのかわからずにベッドの上で固まったまま

先生と見つめあっていると



「―――詩織……」


一瞬、切なそうに目を細めた先生に


私はぎゅうっと強く抱きしめられていた。

 
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