「あーあ。もう着いちゃったよ」


新幹線に乗り、私鉄に乗り換えてから一時間。泰菜(タイナ)は生まれ育った桜井町に数年ぶりに帰ってきた。

懐かしいといって感傷に浸るほど地元が恋しかったわけではないし、無邪気に帰省を楽しみにするにも微妙な年齢になってしまった。

それに帰省といっても父親は一軒家から駅前に出来たマンションに移り住み、泰菜が高校生まで過ごした生家は今ではもう他人の手に渡っている。

地元とはいえ、桜井町には泰菜がよすがにするものはもう何も残っていない。ここは生まれてから高校生までの、たのしかった子供時代の思い出が置いてある場所でしかない。


そのことをさびしいとは思わない。


でもときどき、自分にはもうどこにも帰れる場所がないのだということにたまらない気持ちになることがある。淡い期待ながら結婚まで意識していた相手と別れたばかりの今はなおのことだった。




----------泰菜が決めたことなら何も言わないよ。今までありがとう。




油断していると、ふとした拍子に別れ際の言葉と彼の少しだけほっとしたような顔が脳裏に浮かび上がってくる。


「……やだやだ、もう過ぎたことじゃない」


放っておくと勝手に頭の中でリプレイを続ける回想を断ち切って、泰菜は駅前の商店街に目をやった。




数年訪れていなかった町並みは流石にだいぶ変わっていたけれど、面影がないほどではない。

放課後によくともだちと入り浸っていたドーナッツ屋さんは昔と代わらずに営業しているし、父の同級生が店主をしている薬局店や、悪趣味な紫色の壁のパチンコ屋も昔のままだ。



そして駅前通りから一本中手に入った道にあるのが。



「あ、桃庵(トウアン)!」