狂妄のアイリス
 その声が聞こえると同時に、二人は走り出す。

 二人には、声の主が分かっていた。

 何度も聞いたことのある、この悲鳴。

 二人は真っ直ぐに、少女がいるはずの水場に向かう。


「――!」


 青年と男が、少女の名を叫ぶ。

 少女はシンクの前で倒れていた。

 気を失っているらしく、ぐったりとしている。

 長い髪が乱れて顔を覆い、その下から蒼ざめた唇が見えていた。


「大丈夫か?」


 駆け寄った男は少女の傍らに膝をつき、抱きかかえる。

 少女の名前を叫びながら揺さぶり、手の甲で頬を叩く。


「おじ、さん……」


 少女が薄く目を開け、男の姿を映す。


「蛍か……?」


 意識を問いかける男の言葉に、少女は反応しない。

 ただ、救いを求めるように傷だらけの手を男の頬に伸ばす。

 けれど、男に届く前にその手は地面に落ちた。

 少女は再び意識を失っていた。
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