ラストバージン
自分の家とは逆方向に走り出したのは、それが車の向きと反対側に当たる方向だったから。
すぐに追い掛けて来られたら決心が鈍りそうで、ギラギラと照り付ける太陽に一瞬で汗が滲むのを感じながらも出来る限り走った。


あまり広くない道に車を停めていた榛名さんに対して、私が取ったのは狡い行動だったと自覚している。
それでも、こうする事で鈍りそうだった決心を何とか留まらせようとしていた。


行く当てはないし、もちろん楓にだって行けるはずがない。
駅まで走ったところで定期を使って改札を抜け、二分もしないうちに滑り込んで来た電車に乗り込んだ。


ホームにいる間に息は整ったけれど、真夏の太陽によって浮かんだ汗は引く様子がない。
生温い風を吐き出す空調に、不快感が込み上げて来た。


満員という程ではない車内だけれど、土曜日の昼間だけあって座るところは見当たらず、仕方なく手摺りに軽く手を掛けてドアに寄り掛かる。
流れる景色は、さっきまでいた場所から遠ざかっていく事を告げているようだった。


泣きたくなるのを堪えて瞼をそっと閉じると、直後に電車が生み出す騒音と揺れが鮮明に伝わって来る。
今は何も考えたくなくて、そのまま電車に揺られていた――。

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