海老蟹の夏休み
海老蟹の夏休み
「それで、さっきの質問の答えだが」
「あ、はいっ」

 ――それで、沢木さんはどうしたんですか。疲れ果てて、そのまま受験まで頑張ったんですか。

 朋絵は緊張の面持ちになる。
 脱皮したと彼は言った。どういう意味だろう。一体、どんなふうに?
 知りたかった答えを、今、聞けるのだ。

「今日、君に見せたあの景色は、館長が教えてくれたんだよ」
「……三日月池からの?」
「そう、知られざるビューポイント。高3の夏休みに、君に見せたのと同じ時間帯にね」

 夕陽に照らされ、赤一色に染まる麓の街。
 穂菜山に何度も来ている朋絵が、初めて目にする光景だった。

「感激のあまり泣いた。もうずっと涙なんて流したことのない僕だったのに」

 朋絵は膝に目を落とした。
 涙をたっぷりと吸い込んだハンカチを握りしめている。
(この人が泣いた。私みたいに?)
 意外な思いで、沢木を見上げた。

「その日を境に、僕は変わった。家でも塾でも、勉強するのが以前ほど苦痛ではなく……つまり、うまく呼吸ができると言うか、気持ちが楽になってね。しばらくして僕は気が付いたんだ。苦しくなって倒れそうになったら、外に出ること。遠くを見ること。何かを発見すること」


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