FatasyDesire~ファンタジー・ディザイア~
Behind - 背後 -
キリエがフォレストに来てから数日が経ち、その間も家とスピカの往復する生活が続いていた。
最初こそはワクワクしていたキリエだが、それにも最近は飽きたらしくあまり家から出たがらない。
「……」
ソファーの上でぷいと顔を背ける彼女に、クレドはどうしたものかと考える。
「キリエ、トーマの所に行こう」
「いや。クレドも一緒がいい」
「……俺は仕事があるから」
クレドはキリエの返事に一瞬嬉しくて笑いそうになったが、グッと堪えて宥めるように言った。
「もうトーマの所は飽きた?」
優しく聞いてやると、キリエはふるふると首を横に振って否定した。
「トーマはやさしいからすき。……でも…勉強しても全然字が読めるようにならないんだもん」
キリエは自分の傍らに置いている“赤ずきん”の絵本をチラリと見て、悲しそうに眉を下げた。
まるで幼子のように唇を突き出し、思い通りにいかない玩具を投げ捨てたようだ。
「それにトーマ、最近お客さんがいっぱいくるから、相手してくれない」
相手なんかしてもらわなくて良い―――即座に思ったことは自身の中に留めておく。
「ねえねえ、わたし、ここでお留守番してちゃダメ?」
「え、一人で?」
頷いた彼女の瞳は、お願いと言うようにクレドを見上げていて、期待に輝かせていた。
「一人でお留守番したい! させてお願い」
「……いや、でも」
スピカにいた時でさえ心配だったというのに、もしキリエがここでずっと一人になると考えただけで、クレドは胃腸が痛くなるのを感じた。
「ねっ、ねっ、わたし大丈夫よ。ちゃんとお昼ご飯も用意するし、お部屋もきれいにつかうよ」
両手を合わせて「お願い」と何度も言われれば、このクレドが無下に断れるはずもないのだ。
クレドは何だかんだで押しに弱く、結局キリエを一人にして仕事に行くことにした。
都合の良い人間がいればキリエにバレないように家の外に見張りでも付けておけるのだが、生憎とトーマは店番でシャルレは仕事、ジュリナも同様。
アリエルの後輩に信用できる人間はおらず、任せられない。
この男にとっては苦渋の決断だったが、「誰が来てもドアも窓も開けないこと」、「キッチンには近付かないこと」と口をすっぱくしてキリエに言い聞かせた。
最後にキリエに昼食と夕食を作ってクレドは家から出ていった。
早速とキリエはこの初めての留守番を無事に終わらせるべく、ソファーで絵本を読み始めた。
もちろんトーマに先日もらった“赤ずきん”である。
文字の発音を思い出しながら朗読し、わからない所は適当に読んだ。
「あかずきんちゃんは、そのとき、り……りょー、しゅさん? にたすけられ、」
たどたどしい朗読ながらも、着々と読み進め彼女なりに頑張ってはいた。
しかしいくら17歳であろうと、中身はそれには不相応で随分幼いのだ。
本読みは早々に飽き、次はベッドに寝転がり鼻歌を歌い出した。
キリエが昔、フランツ家の者に教えられた歌だ。
与えられた知識や常識はなかったが、何故か歌だけは教えられたのだ。
ある女性ヴォーカルのCDを何回も聞かせられ、耳だけで音楽と歌詞を覚えた。
歌だけがキリエにとっての勉強であり、唯一趣味と呼べるものだった。
当然歌詞の意味も知らないし、ジャンルもわからない。
それでもキリエはその歌を今まで何度も何度も口にした。
「……飽きた」
その歌を5回程歌うと、またそれにも飽きてしまい、次は部屋の中をウロウロし出した。
人より極度の飽き性は小さい頃からキリエの欠点であり、クレドや園長先生も悩まされたものだ。
スピカは万屋と言うだけあり、まだたくさんの興味を引かれるものがあったが、ここはクレドの家だ。
家具以外は何もない。
キョロキョロと部屋を見渡すと、キリエはあるものを見つけた。
「……なんだろこれ」
チェス盤とそこにまばらに置かれた駒だ。
「いつもクレドが遊んでるやつだ」
勝手に触ってもいいのだろうかと考えたが、クレドが怒るわけないと決め付け、キリエは黒のナイトを手に取った。
「おうまだ。可愛くない」
ナイトを適当なマスに戻すと、次は黒のキングを手に取った。
「ギルみたい……」
ポツリと呟き、ふと彼の顔を思い出した。
キリエにとってクレドは白で、ギルという者は黒であった。
見た目だけならまるで対の二人だ。
あの拷問のような過去を振り返っても、キリエは特に震え上がる様子も酷く怯える様子もない。
感覚が鈍っているのか、負の感情が乏しいのか。
その時、ベッドのすぐ横にある窓が、コンコンと叩かれた。
ビクリと反応して、キリエは即座に「はい!」と返事をしてしまった。
よく物語にある、すぐ開けますという光景を思い出したが、クレドの言い付けを同時に思い出した。
「そうだ。開けちゃダメなんだった」
窓の外にいる人物もわからず、かといって客を無視するもの気が引け、キリエはどうするべきか悩む。
その末、ベッドに膝立ちになり窓にそっと両手をついた。
「だれ? クレドなの?」
問うと窓の外にいた人物は「違う」とだけ返してきた。
クレドと同じような男の声だった。
それだけのに妙な親近感を覚えてしまったのか、キリエは少し頬を緩ませた。
最初こそはワクワクしていたキリエだが、それにも最近は飽きたらしくあまり家から出たがらない。
「……」
ソファーの上でぷいと顔を背ける彼女に、クレドはどうしたものかと考える。
「キリエ、トーマの所に行こう」
「いや。クレドも一緒がいい」
「……俺は仕事があるから」
クレドはキリエの返事に一瞬嬉しくて笑いそうになったが、グッと堪えて宥めるように言った。
「もうトーマの所は飽きた?」
優しく聞いてやると、キリエはふるふると首を横に振って否定した。
「トーマはやさしいからすき。……でも…勉強しても全然字が読めるようにならないんだもん」
キリエは自分の傍らに置いている“赤ずきん”の絵本をチラリと見て、悲しそうに眉を下げた。
まるで幼子のように唇を突き出し、思い通りにいかない玩具を投げ捨てたようだ。
「それにトーマ、最近お客さんがいっぱいくるから、相手してくれない」
相手なんかしてもらわなくて良い―――即座に思ったことは自身の中に留めておく。
「ねえねえ、わたし、ここでお留守番してちゃダメ?」
「え、一人で?」
頷いた彼女の瞳は、お願いと言うようにクレドを見上げていて、期待に輝かせていた。
「一人でお留守番したい! させてお願い」
「……いや、でも」
スピカにいた時でさえ心配だったというのに、もしキリエがここでずっと一人になると考えただけで、クレドは胃腸が痛くなるのを感じた。
「ねっ、ねっ、わたし大丈夫よ。ちゃんとお昼ご飯も用意するし、お部屋もきれいにつかうよ」
両手を合わせて「お願い」と何度も言われれば、このクレドが無下に断れるはずもないのだ。
クレドは何だかんだで押しに弱く、結局キリエを一人にして仕事に行くことにした。
都合の良い人間がいればキリエにバレないように家の外に見張りでも付けておけるのだが、生憎とトーマは店番でシャルレは仕事、ジュリナも同様。
アリエルの後輩に信用できる人間はおらず、任せられない。
この男にとっては苦渋の決断だったが、「誰が来てもドアも窓も開けないこと」、「キッチンには近付かないこと」と口をすっぱくしてキリエに言い聞かせた。
最後にキリエに昼食と夕食を作ってクレドは家から出ていった。
早速とキリエはこの初めての留守番を無事に終わらせるべく、ソファーで絵本を読み始めた。
もちろんトーマに先日もらった“赤ずきん”である。
文字の発音を思い出しながら朗読し、わからない所は適当に読んだ。
「あかずきんちゃんは、そのとき、り……りょー、しゅさん? にたすけられ、」
たどたどしい朗読ながらも、着々と読み進め彼女なりに頑張ってはいた。
しかしいくら17歳であろうと、中身はそれには不相応で随分幼いのだ。
本読みは早々に飽き、次はベッドに寝転がり鼻歌を歌い出した。
キリエが昔、フランツ家の者に教えられた歌だ。
与えられた知識や常識はなかったが、何故か歌だけは教えられたのだ。
ある女性ヴォーカルのCDを何回も聞かせられ、耳だけで音楽と歌詞を覚えた。
歌だけがキリエにとっての勉強であり、唯一趣味と呼べるものだった。
当然歌詞の意味も知らないし、ジャンルもわからない。
それでもキリエはその歌を今まで何度も何度も口にした。
「……飽きた」
その歌を5回程歌うと、またそれにも飽きてしまい、次は部屋の中をウロウロし出した。
人より極度の飽き性は小さい頃からキリエの欠点であり、クレドや園長先生も悩まされたものだ。
スピカは万屋と言うだけあり、まだたくさんの興味を引かれるものがあったが、ここはクレドの家だ。
家具以外は何もない。
キョロキョロと部屋を見渡すと、キリエはあるものを見つけた。
「……なんだろこれ」
チェス盤とそこにまばらに置かれた駒だ。
「いつもクレドが遊んでるやつだ」
勝手に触ってもいいのだろうかと考えたが、クレドが怒るわけないと決め付け、キリエは黒のナイトを手に取った。
「おうまだ。可愛くない」
ナイトを適当なマスに戻すと、次は黒のキングを手に取った。
「ギルみたい……」
ポツリと呟き、ふと彼の顔を思い出した。
キリエにとってクレドは白で、ギルという者は黒であった。
見た目だけならまるで対の二人だ。
あの拷問のような過去を振り返っても、キリエは特に震え上がる様子も酷く怯える様子もない。
感覚が鈍っているのか、負の感情が乏しいのか。
その時、ベッドのすぐ横にある窓が、コンコンと叩かれた。
ビクリと反応して、キリエは即座に「はい!」と返事をしてしまった。
よく物語にある、すぐ開けますという光景を思い出したが、クレドの言い付けを同時に思い出した。
「そうだ。開けちゃダメなんだった」
窓の外にいる人物もわからず、かといって客を無視するもの気が引け、キリエはどうするべきか悩む。
その末、ベッドに膝立ちになり窓にそっと両手をついた。
「だれ? クレドなの?」
問うと窓の外にいた人物は「違う」とだけ返してきた。
クレドと同じような男の声だった。
それだけのに妙な親近感を覚えてしまったのか、キリエは少し頬を緩ませた。