蜜恋ア・ラ・モード
揺れるとき
* * *
「すみません。薫というお名前だったから、勝手に女性だと思ってしまっていて」
「いや、気にしないでください。僕の方こそ、ちゃんと伝えておくべきでした」
靴を脱ぎ玄関に上がると、彼が申し訳なさそうに頭を下げた。
そこまで丁寧に頭を下げることないのに……。そう思いながらも、彼のその丁寧な態度に好感が持てた。
身長は洸太と同じくらいか、180cmは越えているだろう。ナチュラルブラウンの髪は適度に柔らかい動きと軽さを出しながらも、大人らしいアンニュイなスタイルにまとまっている。
目鼻立ちが整っていて肌は綺麗。輪郭も角ばってなくて、どちらかというと中性的な顔つきなのに、少し濃い目の太い眉が男っぽさを際立出せていた。
相手は男性なのに、思わず“綺麗”と呟いてしまいそうだ。
「え、えっと、先生? どうかしましたか?」
突然先生と呼ばれて、ハッと我に返る。
有沢さんのあまりにも素敵な顔立ちに、見入ってしまっていた。
私ったら、何恥ずかしいことしてるのよ。ほらっ、有沢さんが怪訝な顔をしてるじゃない!!
料理教室の初日早々とんだ失態だ。変な女だと、思われてしまったかしら……。
彼を見ていられなくて顔をパッと逸らし、俯きがちに口を開く。
「い、いえ。なんでもないです。部屋に、ご案内しますね」
「はい、お願いします」
でも有沢さんから帰ってきた声は至って普通で。少しだけ、ホッとした。
彼がどんな顔をしているのかまでは、わからないけれど……。
そしてそのまま一度も彼の方を振り向くことなく、生徒さんたちが待つ室内へと入っていった。