ma cherie *マシェリ*
とりあえず気づかないフリをしてみようと、オレはドアノブを持つ手に力を入れた。


「マヒロ君てばぁ」


背後から甘ったるい声が響く。

んな、可愛い声出すなっつの。


条件反射って怖いね。

思わず振り返ってしまったバカなオレ。


すると、絶妙なタイミングでオレの頬がフニってへこむ。


「来ちゃった」


うふふと笑っている彼女の人差し指がオレの頬にめり込んでいた。

その瞬間、オレのこめかみに青筋が立った。


「……なんでここに?」


「マヒロ君てふたご座なんやね。あたしと相性バッチリやわぁ」


小首を傾げてにっこり微笑む彼女。


――可愛いじゃねぇか。


けど、その能天気な笑顔に、オレの青筋の数はさらに増えた。


「あのね……質問に答えようね。だからなんでここにいるのかなぁ……? そして、なんでオレの星座とか知ってんのかなぁ?」


オレは小さな子に質問するようにできるだけ優しい声と表情を作ってみた。

気のせいか頬がピクピクとひきつっていたけど。


「いやぁ! なんか冷たい――! そんな言い方ないやん。昨日はあんなに優しくあたしのカラダを慰めてくれたのに……ふっがっ」


オレは彼女の体を壁に押し付けると、慌ててその口元を手で覆った。

もう優しく接する余裕なんてどこかへすっ飛ばしてしまった。


「声、でかいっつの!」


今の会話、サキの耳に届いただろうか?

ビクビクしながら、事務所のドアを見つめる。

すると、そのドアが少しずつ動き始めた。

隙間からサキの声がする。


「マヒロさーん?」


ひぃ……。
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