春に想われ 秋を愛した夏
お弁当屋から少し先の角を曲がると、できたばかりというような真新しい外観のティーショップがあった。
「紅茶専門店?」
秋斗にはどう考えても無縁のお店を前にして、目が点になる。
「会社の連中から頼まれてんだよ」
いい訳でもするみたいに言うと、手を引いたままズカズカと店内に踏み込んでいった。
店内に入ればば、とてもいい茶葉の香りが店中を満たしていた。
「いい香り~」
目を閉じて独り言のように呟く私を無視して、秋斗は店員さんに何か訊ねてひとつの茶葉を購入している。
「同僚の復職祝に買ってくるよう頼まれてんだよ」
私がそばに行き、買っている手元を覗き込むといい訳めいた感じになっている。
きっと、こんなおしゃれなお店には、自分が不釣合いだと思っているからなのだろう。
ふぅーん。とわざとらしいくらいに口角をあげて笑うと、照れくさそうにしている。
「私も何か買おっかな」
並ぶ茶葉を見ながら、みつけたのはカモミール。
「それ、美味いのか?」
紅茶には無縁の秋斗が、眉間にしわを寄せて訊ねる。
「飲んでみる?」
買った茶葉を秋斗に掲げて見せると、そうだな。と呟いた。
ラッピングざれた紅茶と、店内に売られていたクッキーの贈り物を手にして、私たちはそこをあとにした。
外に出ると、自然と秋斗の手が伸びてきて、もう一度私の手をとった。
その行動にトクンと心臓が反応し、素直に嬉しいと感じている自分がいた。
同じようにお弁当屋さんの前を通ると、さっき約束したとおりに、秋斗はおばさんの進めるままコロッケやメンチをいくつか買った。
「香夏子に逢うまでは、買い物が済んだら牛丼でも食いにいこうかと思ってたんだけどな」
持たされたビニール袋に小さく笑いを零す。
そして、そのままあの銭湯のある路地まで戻ってきた。