春に想われ 秋を愛した夏


「秋斗君、こっちこっち」

私や秋斗の動揺している姿などお構いなしに、策士の塔子が飄々と秋斗へ向かって手をヒラヒラと振った。
そして、その塔子の目の前に座る私を見て、秋斗はとても驚いたような間の抜けた顔をしている。

その場に立ち尽くしてしまった秋斗を塔子が迎えにいき、手を引いて連れてきた。

「香夏子……大丈夫なのか?」

息を切らし、僅かに声を震わせ、何がなんだか解らない顔で問われても、私自身も何のことやら。
それより、秋斗の顔を見て私はどうしたのかと、目が点になる。

「だ、大丈夫だけど」

驚き唖然としたまま、秋斗の鼻の辺りに注目して応えると、脱力したように深く息を吐き出した。

「よかった……」

テーブルに両手をつき、俯いてしまった秋斗へ塔子が椅子を勧める。

「まぁ、とりあえず座りなさいな」

一人だけ余裕の笑顔の塔子は、ニコニコというよりニタニタとした顔で、秋斗の分のビールを注文した。
それから、苦笑いで秋斗に訊ねる。

「それ大丈夫?」

訊かれた秋斗が苦笑い。
二人が笑っている理由も解らず、私は交互に二人を見る。

そのうちに塔子が頼んだビールが届くと、秋斗にまずは駆けつけ一杯と勧めた。
勧められた秋斗は、何の遠慮もなく一気に飲み干す。

私は、会わせる顔がない。と思っていた秋斗に突然逢うことになって、未だ動揺を隠し切れないし。
秋斗は秋斗で、やられた。と塔子を見て苦笑いを浮かべビールの泡を拭いながら、なんだか落着いてしまっていた。

「あのー」

私はこの場の状況が飲み込めずに、右手を遠慮がちに上げて質問をした。
だって、訊きたい事は山ほどある。


< 176 / 182 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop