春に想われ 秋を愛した夏


「ちょっと待って」

すると塔子が、そういって席を立った。

「ここは、お二人で」

どこかのお見合いの場にいる親戚のおばさんみたいなことを言い出す塔子。

「え? 何言ってんの? ねぇっ、ちょっと。塔子」

訊ねたいことの半分も二人から訊いていないうちに、呼び止める私をひらりかわし、ごゆっくりぃ。と塔子が店を出て行ってしまった。

「ごゆっくりって……」

塔子の背中に向かって呆れた言葉を零してから、どうしたもんか。と目の前の秋斗を見る。
顔の中心に張られている絆創膏を、私はまじまじと見つめる。

「それ、どしたの?」

秋斗の鼻の頭に貼られた痛々しい絆創膏。

この年になんて喧嘩?

なんて事は、ないと思うけれど、秋斗という人物の過去を知っているだけに、ありそうな気もすると勘繰ってしまう。

「喧嘩じゃないよね?」

思わず訊くと、それは追々、なんて言葉を濁してしまった。
その顔はなんだかとても優しい顔つきで、さっきからじっと見ていたことが思わず恥ずかしくなって下を向いてしまった。

「なんだよ。ちゃんと俺の顔、見ろよ」
「だって……」
「だってじゃねぇし」

不満そうな声と共に目の前から手が伸びてきて、無理やり顔を上げさせられた。

「まず、俺に謝れ」
「はっ?! 何その俺様的態度」

突然の要求に、驚いて思わず言い返してしまった。

「人の心弄んだじゃねぇか」

秋斗は、腕を組むともっともらしい顔つきで私を見ている。

「弄ぶって……」

私はあの日、告白されたことや押し倒されたことを思い出し、顔が熱くなる。

「それは、その、わざとじゃなくて……」

またもごにょごにょといい訳めいたことを呟くと、目の前では得意げな顔の秋斗が悪ーい顔をしていた。


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