春に想われ 秋を愛した夏
何もすることがなくなった私は、テーブルの下にあったファッション雑誌を引っ張り出す。
ページを捲っていると、たいした傷じゃないと思っていた右手の人差し指がズキズキとしてきた。
平気なんていったけれど、実のところあんまり血が出るから傷口をよく見なかったんだ。
もしかしたら、意外と深く切れているかもしれない。
絆創膏から滲み出ている血の色を見て、おもわず表情が歪む。
痛みと傷から目を逸らすようにキッチンで春斗の手伝いをしている塔子を振り返ると、並ぶ二人はなんだか夫婦みたいに仲良く作業をしていた。
微笑ましく目に移った二人の並ぶ姿に見惚れていると、なにニヤニヤしてんのよ。と塔子に突っ込まれてしまった。
「なんかさ、そうやって二人でキッチンに居ると、若い夫婦みたいだなって思って」
「夫婦?」
ちょっと面食らった塔子が、噴出して笑う。
「夫婦なんて。私はいいけど、春斗君が迷惑よ」
すると春斗も話に乗っかって、光栄ですよ。なんて笑っている。
「そういえばさ。春斗君て彼女は?」
「いませんよ」
塔子の質問に春斗が即答する。
「いい男だし、もてそうなのに。ね、香夏子」
塔子は、春斗の隣で餃子の皮にタネを包みながら、不思議だわ。なんて零している。
「そうだね。春斗ならもてるんじゃないの? あ、でも。生徒に手は出しちゃだめよぉ」
私がからかうと、それはないよ。と同じように餃子を包んでいた春斗も笑った。
その手をふと止めた春斗が顔をあげ、真っ直ぐソファに座っている私を見て数秒の間をおいた。
その間がなんなのかわからずに、ん? と小首をかしげているとようやく口を開く。
「好きな人は、いるから」
真っ直ぐこっちを見て言った言葉がなんだかひどく真剣で、なんとなく目を逸らしてしまった。
「好きな人かぁ。いいねぇ。最近そんな感情さえご無沙汰だから羨ましいわ」
隣の塔子は、包む手を止めずにそんな風に言ってケタケタと笑っている。
それが合図だったみたいに、春斗もまた餃子包みをはじめた。
私は、なんだか解らない春斗の出した空気が纏いついている気がして、座り心地が悪いわけでもないのにソファの上でもぞもぞとしてしまった。