春に想われ 秋を愛した夏


食べることを諦めてビールを一口二口と喉に流し込んでいると、また携帯が鳴り出した。
今度は、塔子からだった。

なんだか忙しないな。

「もしもし」

両足を投げ出すようにソファに寄りかかり、携帯を耳に当てるといつになく珍しい塔子の心配そうな声が聞こえてきた。

『今何処? 大丈夫なの?』
「え、なんで? 大丈夫だよ。今、家に居るし」
『じゃあ、何で春斗君の電話に出ないのよ』

次には、少し怒ったような声がした。

そうか、春斗と一緒に居るのね。
じゃあ、二人とも今はあの居酒屋さんにいるってことかな。

持っている缶ビールを目線まで上げて、こんなのじゃなくてやっぱり居酒屋でビールを飲みたいな。なんて、懲りもせずに思ってしまう。

その後、さっき電話に出なかった理由を訊ねられて、しどろもどろで応える私。

「……んん。ええっと、鍋に火をかけてて。吹き零れちゃって……」

幼稚園児のようないい訳に、なにやってんのよ。と塔子の呆れた声がする。
吹き零れたのが先じゃなく、春斗の電話を無視したのが先だとは、とてもいえない。

『急に今日の約束キャンセルするし。電話には出ないし。心配するでしょ』
「そうだよね。ごめん……」

素直に謝ると、元気ならいいよ。と言われ、そうでもないんだけど。とも言えずにいた。


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