春に想われ 秋を愛した夏


鏡の前で化粧直しをしている自分の顔を見ながら、ふと今朝のことを思い出す。
ミサにニヤニヤしていると言われた、秋斗のことだ。

秋斗は、時々あのカフェで食事をしていると言っていた。
住んでいるところといい、カフェといい。
秋斗は、知っているんだろうか。
私が一駅違いの場所に住んでいることを。

あのカフェを利用しているって事は、秋斗の勤める会社もこの辺りだということよね。
灯台下暗しっていうことか。
こんなに近くに居たというのに、今まで少しも気づかず過ごしていたなんて。

避けていたつもりだったけれど、秋斗の行動範囲内にしっかり収まっていたことに自嘲的な笑いが漏れる。
そういえば、以前コンビニヘビールを買いに行った時、秋斗に逢ったけれど、彼はどうして何も言わずに背を向けたんだろう。

声をかけた私に気がつかなかった……?

自分だと気づいてもらえなかったと考えたら、それはそれで寂しくなってしまった。


化粧を直して自席につくと、会議資料を急かされる。

「課長が急げってさ」

言われて、はいはい。と生返事をしてから急いで取り掛かる。


社内の涼しさに仕事への集中力が高まったおかげか、思った以上に早く仕上がった。

「完了!」

コピー機へデータを送信して、一気にプリントしていく。

「はやっ」

隣の新井君から驚きの声が上がって、ちょっと得意気な顔をしたら調子に乗るな。と笑われた。



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