春に想われ 秋を愛した夏


あの時、もしも逃げ出さずにいたら、今頃あの二人とはどんな関係を築けていたのだろう。

春斗とは、ずっと変わらずにいられたのだろうか。
秋斗とも戸惑う日々が続いていたとしても、時間をかけて元のように笑いあうことができるようになっていたのだろうか。

ううん。
それは、ないかな。
元のようになんて、きっと無理。

あの日受け止めてもらえなかった想いが心をパンパンにして、泣いて、愚痴って、落ち込んで。
きっと、春斗や塔子に迷惑をかけてばかりいたはず。
そして、そんな自分をどんどん嫌いになってしまうんだ。

自分で自分のことを嫌いになるくらい、辛いことはない。
自分自身を嫌いな相手のそばには、誰もいたいなんて思わないから。
そばにあるのは、きっと孤独だけだ。

それに、一度歪ができてしまったなら、そこを元のように戻すことなんてできるわけがないよね。
私は、そんなに強い人間じゃない。
あの時も、今も。

二人から逃げ出した自分と対照的なその月を羨ましげに見上げていたら、突然声をかけられた。

「遅かったな、残業か?」

見上げていた視線を目の前に向けると、ネクタイを少し緩めた秋斗が数歩前に立っていた。


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