春に想われ 秋を愛した夏


人の少なくなった一階ロビーに下りると、秋斗のことを考えていたせいか、ふと出口付近に並ぶ自販機へ目がいった。
ロビーの自動ドアを抜けて外に出れば、夜だというのにきっと嫌な暑さが纏いつくだろう。

「水分補給、水分補給っと」

暑さ対策というように、冷たいスポーツドリンクを一本買ってから外に出る。
自動ドアの前に立ち、そのドアがスライドして開くと、アスファルトにたまった熱が夜の街へと放出されていて否応なく私を襲ってきた。

「うわっ。やっぱり暑い……」

熱帯夜だね。

数歩、歩いてすぐにドリンクを口にした。
二口ほど喉に流し込んだあとは、まるでそれが命の水とでもいうように、手にしっかりと持ち歩く。

胃の中を合成甘味料の入った冷たさが染み渡るのを感じながら夜空へ目を向けると、雲ひとつない空に月が自慢げに輝いていた。

「凛としてるなぁ」

何一つ恥じることなどない。というように、夜を明るく照らす月が、とても羨ましく感じた。

私は、この月のように凛と胸を張れるほど真摯に生きてきてはいない。
あの二人の前から、何も言わず逃げるように姿を消したのがいい例だ。


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