春に想われ 秋を愛した夏
秋斗の顔を睨みつけ、狂いそうな気持ちを必死で抑え込み、呆然と立ち尽くしたままの秋斗の横を通り過ぎる。

あの時涙を流して秋斗のそばを通り過ぎようとした時とは対照的に、私は胸を張って歩いた。



せめて今度は、情けない姿をみせたくない。
凛とした今宵の月のように、まるで私があなたをふったかのように、秋斗のそばを離れよう。

なのに、颯爽と通り過ぎるはずだった私の体は、強い力で引きとめられてしまった。

「香夏子っ」

名前と共に掴まれた腕は、力強く秋斗へと引き寄せられ。

あの時と同じような場面に、デジャヴュかと錯覚さえした。

驚いて顔を向ければ、真剣な眼差しに捕らえられる。

「香夏子」

もう一度呼ばれた名前は、切ないくらいの優しさをはらんでいて、バカの一つ覚えみたいに期待を抱かずにはいられない。

向き合ったまま止まる時間と、掴まれている腕に伝わるぬくもり。
撫でていく風さえも優しくて、二人を包み込んでいくように感じる。

どんなに望んでもその胸におさまることができなかったあの頃の私を、今の秋斗は受け入れてくれるのかもしれない。

期待をしてはいけない。
傷つくのは目に見えている。

ほんの少し前に言い聞かせたはずなのに、学習能力の欠片もない。

見つめあっている時間がどれほどのものだったのか、ゆっくりと開いた秋斗の唇が私に何かを伝えようとする。

「香夏子、俺――――」

甘い期待を抱いた続きの言葉は、突然鳴り出した無機質な音に遮られた。

携帯の呼び出し音が夜の静けさを震わせ、体がビクリと反応する。
息を潜めていた秋斗の携帯が、まるで私に彼の言葉をそれ以上聞いちゃいけない、目を覚ませ。というように煩く鳴り続けている。


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