ホットケーキ続編のさらに続編【玉子焼き】
9.伝える 2
 すべてを言葉に出来たとは思えなかった。でも、何度でも繰り返したらいいと思えた。はたしてどれ位伝わったのだろうか、大沢を伺うと彼はじっと湖山の目を見つめていた。その目は、湖山のすべてを理解しているようにも見えたし、いま湖山が言ったことの半分も伝わっていないような目もしていた。
 
 「うん。」
 と大沢は言った。
 「でも…」
 と大沢は続ける。

 何度でも言うよ。俺にとっての『その先』っていうのは、湖山さんと並んでカメラを構えることじゃない。隣に並んでカメラを構えても、それは絶対に湖山さんの見ている景色とは違うし、そんなのは俺にとってぜんぜん意味がないから。俺が湖山さんの側にいたいのは、カメラを構える湖山さんを見ていたい、っていう意味だから。そうやってカメラを構え続ける湖山さんを見守りたい、湖山さんがずっとカメラを構え続ける為に何かしたい。遣り甲斐があるという話なら、それにこそ遣り甲斐がある。
 ずっと、ずっと、ずっと、そう思って来たし、これから先も変わらない。

 側に居たかった。ずっと湖山さんの側にいて、友情とか信頼とか積み重ねて、ただそれだけを支えにして生きていく覚悟が出来てた。なのに、湖山さん、俺じゃなくてもいいみたいなことを湖山さんは言った事があったよね。湖山さんは忘れちゃったかもしれないけど。それをね、言い訳にするわけではないんだけれど、でもそれを聞いた時、やっぱり自棄(やけ)になったよ。そんで、俺は何もかも裏切って結婚して──教会で湖山さんの声を聞いたときに、漸く何もかもを失う覚悟が出来たんだ。

 好きだ、とただそれだけを伝える事が、どんなに自分を苛んだか。そんな恋をいくつもして来たけれど、湖山さんは特別だった。湖山さんの側にいることだけの為に、何もかもを諦めていいと思える程湖山さんは特別で、そして、湖山さんに俺じゃなくてもいいと言われたら、何もかもを壊していいと思える程湖山さんは特別だ。湖山さんが湖山さんらしく生きていく為なら、どんなことだってする。そうだよ、どんなことだってする。それが、たとえ自分をどんなに苛んでも。

 自分で言うのもなんだけど、確かに俺は有能なアシスタントなんでしょう。どうして俺が、こんなに有能なアシスタントになれたか、教えてあげようか?きっと、もう、分っているでしょう?





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