ホットケーキ続編のさらに続編【玉子焼き】
8.伝える
 分らない。きっと。── でも伝えたいと思う事をやめてしまってはいけないのだ。いつか、例えば喪う事があっても、喪った後で伝わる事があるから。それがたとえどんなに遅かったのだと言われようとも、今この時をともにしているなら、遅すぎたわけはない。早かったら良かった、もしもあの時、と思う、そんな好都合はただの夢物語でしかないのだから。

 「──そんな風に言うんだったら、お前だって俺の気持ち、ぜったい分らない。俺がどれくらいお前の事大切に思ってるか、こうなるまでに、俺がどれくらい戸惑ったか、俺がどれくらい勇気をふりしぼったのか、お前には絶対分らないよ。そうだろう?きっとお互いに一生分らない。お前の気持ちは、お前だけのもので、俺の気持ちは俺だけのものだから。それでも…」

 決めたのだ。この男がこうして自分の側にいてくれる限り。

 「決めたんだよ。自分に何が出来るのか分らないけど、こうやって生きていくなら、いつもお前が側にいてくれたらいいのに、って思うから、お前が俺に抱いてくれる気持ちをちゃんと受け止めたいし、俺の想いもちゃんと伝えて受け止めてもらうって。」

 人生は多分、自分が思ったよりも長く、自分が思ったよりも短い。カメラを構えて生きている湖山は、人や物が生まれて喪われるまでの時間のほんの一瞬を切り取る事を生業(なりわい)にしている。その一瞬をどれほど重ねて人はついえ、物はついえるのか。あるいは、人や物がついえる瞬間に、自分の切り取った一瞬はどれほどの価値があるのか。もう二度とは訪れる事のない一瞬を切り取ることの傲慢さを知っている。それだからこそ身震いがするほどこの仕事に遣り甲斐を感じてこの仕事が好きだ。

 『先の先がある』
 そう、吉岡の親父さんの言葉を借りれば、生きている限り人には『先の先』があって、この先、この先を目指して生きているのだ。

 大沢に、そのことを分って欲しかった。アシスタントという仕事の、その先を目指して欲しい。この遣り甲斐をこの仕事の凄さを分って欲しい。そうやって二人で語り合って、お互いを高めあって、支えあって生きていきたいのだ。自分の一生の一瞬も、この男のシャッターが切り取るとそう決めたからだ。

 「な…大沢…?」
 上手くない言葉で伝える。湖山にできるかぎりの丁寧さで、人生という道があるなら、自分の隣を歩いて行って欲しい、自分が見ている風景を一緒に見て欲しい、と言葉の限りに伝えた。たどたどしい。でもきっと伝わるとそう信じた。
 大沢は何も言わない。静かに、見守るように、湖山の瞳の奥に宿る光を見つめているようだった。


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