【完】『遠き都へ』
「そう言えば桜井くん、マンガ描いてるんだっけ」
スゴいなあ、とあゆみは目を輝かせ、
「なかなかないよね、夢をかなえるって」
「うちのパパも、…もう他界したんですけど、夢があったみたいで」
「若々しいお父さんだね」
理一郎は温かに、しかしどこか醒めた口ぶりで言った。
「お通夜のときママに聞いたんですけど、何でもパパには仲違いして生き別れた息子って人がいるらしくて」
その人に会いたがってたらしいんです──優姫は言った。
「だからいつか、その人に訊いてみたいんです」
「どんなことを?」
「なぜパパと会わなかったんだろうって」
私にはとても優しいパパでいつも守ってくれてたから、と優姫は鼻に飛んだ洗剤の泡を拭った。
「…いいお父さんだったんだね」
むっくり起きたセイラが呟いた。
理一郎は黙ってタンブラーを干すと、
「…いいお父さんだから、マンガにするには難しいかな」
いわゆるダメ親父のほうがマンガにするにはしやすいから、と苦笑いし理一郎は席を立った。
少しよろけた。
「…飲み過ぎなんじゃない?」
「人には無性に、飲みたい日があるんだよ」
それまで険しかった目が、穏やかに変わっているのにセイラは気づいた。
「…明日の飛行機ちょっと早いから帰るね」
セイラに肩を貸されて、理一郎は店を出た。
しばし。
沈黙が流れた。
やがて。
優姫は口を開いた。
「あの桜井さんって、やっぱりそうなのかなって」
「ん?」
あゆみが問い返した。
「だってパパと同じ癖があるもん」
泥酔して介抱されたら照れ隠しで笑う癖が同じ──と優姫は指摘してから、
「あのときの仕草とかパパそっくり」
だからそうだと思う、と優姫は自分なりの結論を導き出していた。
「えっ?」
「でも、何も触れてこないってことは、きっと触れないほうがいいってことだから言わなかったんだと思う」
「そう?」
「ほら、世の中には分からないまんまのほうがいいって場合もあるし」
これでいい気がする、と優姫は笑顔をつくった。
「そっかぁ…」
あとからあゆみは優姫の笑顔が、何気なく痛々しい感じを受けたのであった。
スゴいなあ、とあゆみは目を輝かせ、
「なかなかないよね、夢をかなえるって」
「うちのパパも、…もう他界したんですけど、夢があったみたいで」
「若々しいお父さんだね」
理一郎は温かに、しかしどこか醒めた口ぶりで言った。
「お通夜のときママに聞いたんですけど、何でもパパには仲違いして生き別れた息子って人がいるらしくて」
その人に会いたがってたらしいんです──優姫は言った。
「だからいつか、その人に訊いてみたいんです」
「どんなことを?」
「なぜパパと会わなかったんだろうって」
私にはとても優しいパパでいつも守ってくれてたから、と優姫は鼻に飛んだ洗剤の泡を拭った。
「…いいお父さんだったんだね」
むっくり起きたセイラが呟いた。
理一郎は黙ってタンブラーを干すと、
「…いいお父さんだから、マンガにするには難しいかな」
いわゆるダメ親父のほうがマンガにするにはしやすいから、と苦笑いし理一郎は席を立った。
少しよろけた。
「…飲み過ぎなんじゃない?」
「人には無性に、飲みたい日があるんだよ」
それまで険しかった目が、穏やかに変わっているのにセイラは気づいた。
「…明日の飛行機ちょっと早いから帰るね」
セイラに肩を貸されて、理一郎は店を出た。
しばし。
沈黙が流れた。
やがて。
優姫は口を開いた。
「あの桜井さんって、やっぱりそうなのかなって」
「ん?」
あゆみが問い返した。
「だってパパと同じ癖があるもん」
泥酔して介抱されたら照れ隠しで笑う癖が同じ──と優姫は指摘してから、
「あのときの仕草とかパパそっくり」
だからそうだと思う、と優姫は自分なりの結論を導き出していた。
「えっ?」
「でも、何も触れてこないってことは、きっと触れないほうがいいってことだから言わなかったんだと思う」
「そう?」
「ほら、世の中には分からないまんまのほうがいいって場合もあるし」
これでいい気がする、と優姫は笑顔をつくった。
「そっかぁ…」
あとからあゆみは優姫の笑顔が、何気なく痛々しい感じを受けたのであった。