【続】三十路で初恋、仕切り直します。

隣家に住む飯田家には、亡くなった祖父武弘と同年代の老夫婦が住んでいて、武弘が存命の頃から土産物の菓子をやりとりしたり、夫人が趣味で拵えている自家製の漬物や味噌を頂いたりと、付き合いが続いていた。

武弘が亡くなったときも葬儀のことが何も分からない泰菜をいろいろ手助けしてくれて、式後に気が塞いでいた頃にも何かと気遣ってもらっていた。


「今朝な、おまえが出て行った後、飯田のばあちゃんが敬老会で行った温泉旅行の土産だとか言って、饅頭持って来たんだよ」


泰菜の家からいきなり見慣れぬ男が応対に出てきて、飯田夫人を驚かせてしまったのではないかと危惧したが、法資は笑って首を振る。


「俺のことちゃんと覚えてた」


玄関先に出てきた法資を見て、飯田夫人はすぐに幼い頃によく泰菜と一緒に遊びに来ていた『法資ちゃん』だと気付いたという。


「しかもばあちゃん、すぐにピンときたみたいで。もしかしておまえと連れ合いになったのかって訊かれたよ。まだだけど近いうちにそうなる予定だって答えたらえらく喜んでくれて。夕方わざわざ炊いてくれた赤飯持ってまた来たんだよ。気持ちばかりのお祝いだって言ってな」


そういえば就職が決まったときもお赤飯を炊いてもらったっけ、と今ではもう遠いその日を思い出す。祖父とふたりでいただいた炊きたてのそれは、とても温かく胸に染み入るくらいおいしかった。


「今もおまえ、可愛がってもらってるんだな」
「うん。飯田さんのおばあちゃんにいっつも心配されてたしね。泰菜ちゃんまだいい人いないのかい、泰菜ちゃんのお婿さんが見つからないうちは武弘さんときぬ子さんに合わせる顔がないから死ねない、なんて会うたび言われてたもん」

「じゃあ無事に『いいひと』が見つかってよかったな。ばあちゃんも俺ならおまえを任せられるって安心してたし」
「……仰るとおりですけど。でもそれ自分で言っちゃダメでしょ」


つっこみを入れながら互いに顔を見合わせ破顔する。




< 61 / 167 >

この作品をシェア

pagetop