ヒット・パレード
トリケラトプスの出番が近づくにつれて、森脇の中には何か言い様の無い不安感が渦巻いてきていた。
苛ついた様子で煙草に火を点け、スパスパと忙しなく煙を吸う。端から見ても落ち着きの無いその森脇の仕草に、黒田がからかうように絡んでくる。
「おい、少しは落ち着けよ。オレに任せておけば大丈夫だって」
バカ野郎、そういうお前が一番心配なんだよ!
よほど黒田にそう言ってやろうかと思った森脇だったが、そうはしなかった。わざわざ、また本番前にもめ事を起こす必要は無い。
森脇は立ち上がり、楽屋のドアに向かった。
「森脇、どこに行くつもりだ?」
「べつに、ちょっとションベンだよ」
武藤にそう告げると、森脇は楽屋を出て行った。
森脇が関係者用のトイレで用を済ませていると、後から武藤か森脇の横へと並んだ。
「そんなに心配か、あの黒田が」
森脇の方へは向かず、正面を向いたまま、武藤が訊いた。
「それだけじゃ無ぇさ」
「と、言うと?」
森脇の本心を探ろうとする武藤に、森脇は真摯に今の自分の気持ちを打ち明けた。
「もし黒田が真面目に、それこそ奴の持てる最高のパフォーマンスを見せたとしても………それでも、あの頃のトリケラトプスのステージに届くかなあ、とか考えちまってね」
ひどく寂しそうな顔をして、森脇はそんな事を呟いた。
あの頃のトリケラトプスとは、無論28年前の前島 晃が生きていた時のトリケラトプスである。その事は、黒田を入れる時から解っていた事だ。だが、いざステージを前にして森脇にはそれがひどく虚しい事実に感じられて仕方が無かった。
「確かにな……トリケラトプスの中での前島の存在は大きかった。テクニックもダントツだったが、何よりアイツのギターは、履き馴れたスニーカーのようにいつでもバンドに溶け込んでいたよ」
「あんなステージは、もう二度と出来ないんだな………」
前島 晃を亡くした喪失感………忘れる事は無くても、敢えて正面から向き合う事は避けていたその感情が、ライブを前にした森脇に再び重くのし掛かってくる。
「仕方無ぇさ。それでも演るって決めたんだろ」
そう言って森脇の肩を叩き、武藤は先に楽屋へと戻って行った。
一人残った森脇は、顔を上げて窓の外を見る。
暗く淀んだ闇夜に、叩きつけるような雨はまだ降り続いていた。
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