僕らが大人になる理由

「紺君は、好きでもない人にでこちゅーできちゃうんですね。光流君と一緒だ」

「…すみません」

「…乙女の気持ちを弄ばないでください」

「…すみません」

「今度から気を付けてくださいよ…」

「…すみません」


―――赤くなった額を見たら、同情なのか、情なのか、体が勝手に動いてしまった。



感情を抑えきれずに行動するなんてこと、今までなかった。

それなのに一体なぜ?


ずっと、そのことを考えていた。

あのときどうして、真冬に触れたいって思った?



それは全部、ただの情?




「……真冬、俺のことを、…まだ好きですか?」

「え」



…他に誰もいない静かな店内。洗浄機から立ち上る蒸気。テーブルの上に逆さまになった椅子。お湯が吹きこぼれる、音がする。

突然ぽろっと口から出た言葉が、彼女の瞳をまん丸くさせた。


俺は、まさか自分の口からそんな質問が出るとは思わなくて、暫し呆然としてしまった。


「あ…、違」


カーッと、嘘みたいに顔が熱くなるのを感じた。

俺は口を手で隠して、すくっと立ち上がり、すぐにガスコンロの火を止めた。溢れだした湯が、シューシューと音を立てて蒸発していた。


「トイレ、行くから」


足にゴミ箱があたった。バランスを崩して手を着いた棚が揺れて、中のコップが倒れた。


「え、大丈夫ですか紺君、わっ!」

「ちょ、危なっ」


倒れたゴミ箱からあふれ出したゴミに躓いて、真冬がバランスを崩した。

咄嗟に崩れた彼女を胸で受け止めた。

頭一個分小さい真冬は、どこもかしこもふわふわしていた。

また顔に熱を感じて、俺はバッと勢いよく肩をつかみ真冬をはがした。


「ち、ちょっと待って、本当…」

「え、紺君っ」

< 112 / 196 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop