僕らが大人になる理由
「…泣き叫んでる由梨絵を見て俺は思った。ああ、こんな時に、由梨絵は実の娘じゃないなんてこの子にもし伝えたら、この子は壊れてしまうって、そう思った……」

「………」

「でも、もし由梨絵がこんな風に俺を嫌ってるなんて両親が知ったら、きっと凄く悲しむ。だから、血縁者のいない苦しみを知ってる自分にしか、俺にしか、由梨絵の痛みは背負えないと思った…っ」


―――俺はあの時、初めて人前で泣いたんだ。

叩いてくる由梨絵を、その、愛情を求めてる苦しそうな表情を見たら、気持ちが重なって涙が止まらなかった。

あの時、俺の泣き顔を見たときの、由梨絵の驚いた表情が今でも忘れられない。

…由梨絵が、叩くのをやめて、俺に抱き着いてきたときの、あの体温を、俺は一生忘れない。


「……だから俺は決めた。両親に、養子だと伝えるのはもう少し先に延ばしてくれ、と言った。俺が止めたって言っていいから。全部俺の責任にしていいから。責任は全部俺がとるから」


すべては、俺がここにやってきた所為だから。

由梨絵の人生のタイミングを狂わせてしまったのは、俺だから。


「俺は、由梨絵の秘密を、真実を、全て背負って生きていくって、決めました。彼女が、はたちになったら、俺の口から真実を告げます。由梨絵の戸惑いも恨みも悲しみも、全部俺が背負います」

「そんな…それじゃあ紺ちゃんは、紺ちゃんは、いつ幸せになるの…?」

「由梨絵が、異常に愛を求めるのも、俺が原因でそうなってしまったことですから」

「じゃあ、紺ちゃんが由梨絵ちゃんといるのは、ただの責任感なの…?」

「………」

「なんだよそれ、なにも、なにも報われないじゃん…」

「もう、どうしようもないことですから」

「なんだよそれ! 紺ちゃんこそ、選択肢の無い人生歩んでんじゃん! そんなんじゃ真冬のことなんも言う資格ねーよ!」

「分かってます!」


目の奥の神経が、切れてしまうんじゃないかってくらい、声を荒げた。

だからもう、次の言葉が、声が、枯れてしまった。
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