僕らが大人になる理由
由梨絵は分かっていた。
自分がしていることも、自分が置かれている状況も、すべて。
すべて分かったうえで、誰にもそれを打ち明けずに、悩み続けていたんだ。
「それなのに、柊人君の心は、別の人で少しずつ満たされていくようだった…」
「っ」
「好きなんでしょう…あの人が」
「………」
「答えてよっ」
由梨絵が俺の手を振り払った。
見たことがないくらい、怖い顔をしていた。
嫉妬で目の前のことが何も見えなくなっているようだった。
「…知らないんでしょう…、あの子の秘密…」
机の上にあるものを手当たり次第俺に投げつけて、由梨絵はぼそっと呟いた。
「あなたのお父さんが勤めてたのは、あの子の、真冬さんの会社なのよ…?」
「え…」
「あの会社をクビになったせいで、あなたのお母さんの治療費を払えなくなることに脅えたあなたのお父さんは、そのまま失踪したのよ…。赤ちゃんだったあなたと、あなたのお母さんを残して」
ただ茫然とするしか無かった。
そんな俺に、由梨絵が同情めいた声で、最後に一言こう言った。
「真冬さんの会社がそんなことしなければ、柊人君は今頃本当の家族とふつうに暮らせたかもしれないのにっ…」
それは俺にとって、まったく関係の無い世界の話だと思っていた。
“家族”なんて俺には疎遠な話だと、思っていた。
でもそれが、たった1つのことをきっかけにこうも変わってしまったなんて。
頭が、心が、追いついていかない。
「由梨絵…」
「柊人君…、そんな人を、愛せるの…?」
「そうか……そういう、ことだったんですね…」
「そうだよ…」
「その話は誰から聞いたのですか?」
「……秘密よ」
「由梨絵、じゃあ…」