僕らが大人になる理由
一度目を伏せてから、鋭く由梨絵を見つめ直した。

それから、彼女が期待してるであろう言葉とは真逆のことを、言った。


「じゃあもし、由梨絵の過去全てが、由梨絵のこれからの未来に全部繋がって、そのせいで進める道が無くなってしまったら、どうしますか?」

「え…」

「俺は、自分の変えられない過去をどうこう言って、ずっと引きずって、“もしこうだったら”なんて想像して、ずっと今の状況を皮肉に思って生きていくのは、愚かだと思います」

「柊人君…? 何言ってるの、だって柊人君の家族を不幸にしたのはっ」

「その話が本当なら、由梨絵の言う通りかもしれない。恨んだかもしれない。でも、そういう“かもしれない”の話は、無意味だと思います。とても」

「なんで…? なんでそんなに大人ぶるの…? わたしだって、もしあの時偶然聞かなかったら、柊人君が来なかったら、違う形で出会っていたらっ…」

「由梨絵」

「わたしもっと、幸せだった! もっと満たされてた!」

「由梨絵」

「なんでよ! 過去が憎くないの!?」

「過去は!!」



人生でこんなに大きな声を出したことはない。

由梨絵の肩がびくっと大きく震えた。



「過去は、変えられないんだ!!」

「っ……」

「過去を否定したら、今の自分を否定することになる」

「……」

「過去を恨み生きることは、未来の自分を縛り続けることになる」

「柊人君…」

「少しずつ、自分で許していかないと、未来を潰していくことになる。どんな憎いことも、悲しみも、自分でしか消化できないんだ。大人に近づくにつれて、許さなければならないこと、許されないことが増えていくんだ」

「そんなの、苦しいばっかだよ…」

「でもそれが、大人になるって、ことなんだ。自分を守るって、ことなんだ」

「嫌だよ…許せないこと、沢山ある…まだわたし…っ」

「それじゃあ由梨絵は、いつかボロボロになります。俺はそれが、一番悲しいです…」

「…っなんで、そんなにわたしなんかを心配してくれるの…?」

「由梨絵を守ることは、自分を守ることでもあるからです」

「っ…」

「そう言ったら、分かりますか? 俺の中で、由梨絵がどんな風に存在しているか」
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