僕らが大人になる理由
満面の笑みでお礼を言うと、紺野さんは口元を手の甲で隠した。
もしかして、照れてるのかな?
そういえば、あゆ姉さんが『料理は店長と紺ちゃんが全部作ってます』って言っていたような…。
どうりで料理が上手なわけだ。
「次は、下でホールの仕事教えますから」
「あ、はい」
「着替え終わったら、下に来てください」
「わかりました」
…クロックムッシュ。
いつか紺野さんにレシピを教えてほしいと思った。
「で、慣れるまでは食事運んで貰うとか、片付けとか、掃除だけだと思うけど、そのうちレジとか仕込みとか手伝ってもらうから」
紺野さんが話したことをメモにとって、仕事の役割を説明してもらっているうちに、あっという間に開店1時間前になっていた。
「真冬ちゃん、どうかね? 柊人の教え方は」
「わっ、店長」
「結構なかよくやってるでないのー」
店長は、あたしと紺野さんの間に入って、メモ帳をのぞいた。
店長の本名は清水大悟さん。38歳。3年前にこのお店を開いて以来、順調に体重が増えているのがここ最近の悩みらしい。
「真冬ちゃん、コイツ本当に無愛想でロボットみたいだけど、仲良くしてやってな。あ、呼び方は、紺ちゃんでも柊君でもハニーでもいいから」
「何言ってくれちゃってるんですか」
「は、ハニー」
「あんたもすぐに吸収しないでください。ていうか店長もふざけてないで、仕込みさっさとやりましょうよ」
「わかったようう、紺君のケチんぼー」
「気色悪いです」
あの二人、本当に仲が良いんだなあ。
二人がキッチンに消えていくのを見ながら、あたしは和やかな気持ちになっていた。
…あたしがこのお店を見つけたのは、本当に偶然だった。
試験が全部落ちて、やけになって、住み込み、ということだけを条件に探した。
他にも住み込みのバイトは沢山あったけど、この店内の写真を見たときに、何だか1度行ったことがあるような、そんな気にさせてくれる雰囲気の店だったから。