僕らが大人になる理由
4人座れるお座敷が3つ、あとはカウンターという、決して綺麗な店じゃないけど、何だかあたたかい。

料理が並んでいないときは、木造の、優しい香りがする。

良く居酒屋で見かける開運たぬきの置物や、趣味の悪い柄の座布団、何のためにあるのか分からないすだれも、なんだか全部あたたかい。


「ちわーっす」

「あ、光流君!」

「おわっ、真夏じゃん。オスオスー」

「真冬です。季節真逆です」



お店の雰囲気に暫し酔っていると、光流君が裏口から入ってきた。

既に奥で着替えてきたのか、黒ポロ姿になっていた。

髪のセットには一体どれだけの時間がかかっているんだろう。ていうかこの人働く店間違ってるよな…。なんかホストみたいだし…。


「あ? あんだテメー今なんかもの言いたげな表情してなかったかー?」

あたしの表情を読み取ってしまった光流君が、あたしの頬を両手で挟んだ。

「うううしてないでひゅ~」

「このままチューしちゃおっかなー?」

「のおおおおお全力でチャラいいいい」

「あんたみたいな初心なのも新鮮でいいね。よく見たら子犬みたいで可愛いし」


両頬を抑えられたまま、光流君の顔がゆっくり近づいてきた。

いやあああああ、ちょっと待って! ちょっと待って!

あたし今まで彼氏いたこともないのに!

涙目で紺野さんに助けを訴えてみたが、紺野さんは呆れた表情をしただけですぐに仕事に集中してしまった。

ひ、人でなし!


「いってー!」


すると突然、光流君がしゃがみこんだ。

その後ろには涼しい顔をしたあゆ姉さんがいた。

い、いつのまに来ていたんだろう。


「大丈夫ですか? 真冬ちゃん」

「あっ、あゆ姉さん、い、今何を…」

「ちょっとアキレス腱を切る勢いで蹴っただけよ」

「切る勢いで!?」

「そんなことより、あゆ姉でいいわよ。さん付けなんてしないで、寂しいわ」
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