僕らが大人になる理由

光流君は、いじわるな笑顔で、それだけ言って去って行った。

残ったのは嫌味とともに出されたデザート。しかも苺を抜かれた。でも、超美味しそう…。

あたしは、そのデザートをじっと見つめながら、紺君の機嫌をどう取り戻そうか必死に考えていた。

てか、フォークすら無いんですけど紺君…。これは完全に罰ですね紺君…。


「……なんて顔してるんですか」


おあずけ状態に絶望していると、頬をフォークの取手の部分でぷにっと押された。

相変わらず無表情な紺君が、あたしを見下ろしている。

あたしは、すかさずそのフォークを奪って、デザートを頬張った。

美味しい…。とても美味しい。どうしよう凄い幸せ…。


「なんて顔してるんですか」


紺君が、また同じセリフを呆れたように言った。


「美味しいです…ふわふわ…」

「乙女心の分かってないロボットが作ったデザートですけどねしかも苺抜き」

「ご、ごめんなさい……………」

「深く反省してください」

「しゅん……」


俯くと、紺君はまたフォークの取手であたしの頬をぷにっと押した。


「今度、また一緒に清水食堂に行きましょう」

「えっ、行くっ、行きたいです!」

「店長が、真冬に会いたがっています」

「て、店長…っ」

「俺も光流も真冬もいなくなって、相当寂しいはずですから…」


そう言うと、紺君は食べ終わったお皿をさっと下げて、あたしにコートを着せてくれた。

話し方は相変わらず冷たいけれど、たまに見せる紺君の優しさが、とても好きだ。

今日でてきたデザートだって、あたしが食べたいとこぼしていたもの。(苺抜きだったけど)

口数は少ないけど、あたしが言った言葉を、紺君は忘れないでいてくれる。

好きな食べ物、嫌いな食べ物、行きたい場所、一緒に行って美味しかった店の名前。

あたしが忘れてしまったことさえ、紺君は覚えていてくれる。

そんな所に、とても愛を感じます。

…とても口には出せないけれど。


「じゃあ、お仕事頑張ってください!」

「…真冬も」


紺君が店の外まで見送ってくれた。
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