しっとりと   愛されて
坪井専務の病状が急速に悪化し、私の心の準備ができない内に専務は亡くなられた。

専務のご葬儀には800人もの参列者が並んだ。

私は受付役で大忙しだった。

ゆっくりお別れもできなかった。

後日、専務のご自宅へ呼ばれた。

「坪井の家内です。」和服の似合った50代の女性だった。

「百合乃さんのお噂は毎日のように坪井から聞いておりました。あなたには一度お礼を言いたいと思っておりました。ありがとうございます。社ではいつもお世話いただいて、坪井は百合乃さんのお陰で心が癒されると申しておりました。」

「いいえ、私は何も。もっと何かお役に立つことがあったかもしれないと思い悔やんでおります。」

「決してそんなことはありません。ご存知の通り、私たちは子供を授かりませんでしたので、坪井はあなたを娘のように慕っておりました。ご迷惑をかけていたのではありませんか?」

「いいえ。」

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