Candy of Magic !! 【完】




「おはようございまーす」

「おはようミク、眠れた?」

「寝付くまでに苦労しましたけど、そのあとはもうぐっすりでした」

「……ならよかった」



私がいつもと変わらないのを確認すると、タク先生は胸を撫で下ろしていた。話を聞いてショックが大きかったのは事実だけど、意外と寝てしまえばそれは緩和される。

ヤト君が訪問してくれたからかもしれないけどね。それは秘密にしておくんだ。今思えばあんな夜中に男子が女子の部屋に忍び込むなんて言語道断だ。それに気づかなかった私はなんて頭の回転が鈍っていたのだろうかと落ち込む。

そんなにタク先生の話の打撃を受けてたなんて。



「ミクちゃんおはよう。でもお昼の方が近いわね」

「奥様おはようございます。朝食は食べたんですか?寝坊してしまって……」

「いいえ~。私たちもさっき起きたばかりなのよ。それに、夕べはたくさん食べてしまって正直に言うとお腹すいてないわ」

「私もです。昼食までにはお腹がすくといいんですけど」

「ヤトもお腹をすかせるために外で遊んでるわ。若いっていいわねぇ」

「遊んでる……?」



暖気を逃さないように閉められたカーテンからそっと外を覗けば、真っ白な雪に反射した日光に目をやられた。思わず目を細めて凝視すると、お父さんとヤト君が刀を交えているのが視界に入った。

お父さんはわかるけど……ヤト君って剣術できるっけ?



「先生、ヤト君って剣術できるんですか?」

「そこそこ?たしなみ程度にはできるかな。俺はからっきしダメだけど」

「そうなんですか」



先生が肩を竦めるのを尻目に、また視線を二人にそそぐ。お父さんは片腕なのにヤト君を翻弄していた。ヤト君はむきになって突っ込んで行くけど、お父さんにはお見通しのようで軽くかわされている。

ヤト君を見ながらお父さんは笑っていた。何か言ってるみたいだけど生憎ここからじゃ全然聞こえない。


お父さんが特別顧問になってから、剣術部の出入りが見られた。つまり、辞める人もいれば、入部する人もいたということ。

今までの指導方針を改善というか改造というか、お父さんが少し手を加えた結果そうなった。それを合わない者は辞め、逆に共感や尊敬を覚えた者は入部した。

お父さんは部活中寡黙で、指導するときも必要最低限のことしか言わないらしい。ヒントになっているのかいないのか微妙なラインだそうだ。でも、分かれば納得の内容で、できるようになれば褒めてくれるんだってさ。

もともとお父さんは無口な方だし、指導者なんて向いてるのかな?って思ったけど、縁の下の力持ちみたいな感じで、ひとりひとりの個性やクセを把握して指導に当たってるみたい。

だから、的確すぎて胸にグサッと来たら辞めたくなるし、感動すら覚える程の指摘をされたから断然やる気が出てくる。

お父さんを理解してくれる人が増えて、私は素直に嬉しくなった。


じっと眺めていると、目が慣れてきたのかだんだんと視界がクリアになった。そのおかげでさっきまで見えてなかった人影が目に飛び込んでくる。

その人影とは、アラン先輩とお兄ちゃんだ。彼らは剣術はしてないけど、何かやってるみたい。

……何なってるんだろ。


でも、その内容はすぐにわかった。



「わあ……」



思わず感嘆のため息を漏らす。なぜかというと、お兄ちゃんに頷いてみせた先輩は、その直後に見事な水の造形を作り出した。

まさに、実体化したマナの犬が走り回っているようだ。今までは尻尾の先っちょとか耳がゆらゆらとしていて形を保てていなかったけど、今目の前にいるのはちゃんとした形になっている。

本来、魔法の水や炎や風はかなり形が曖昧だ。本物のそれらもきちんとした形を持っていないけど、魔法の方が不安定で、火の玉の形とか、カーテンみたいにひらひらとして薄いとか、見ていて危なっかしい外見。

いつその端くれが物に当たって被害が出るかとひやひやするんだけど、今先輩が操っているのはまさに実物。置物が動いているんじゃないかっていうぐらい本物そっくり。色はまあ、青なんだけどね。


お兄ちゃんは先輩の肩を叩いて笑いかけていた。アラン先輩も満足そうに犬を目で追っていた。

そして、ふと、先輩の眼鏡の奥で輝く瞳が私を捉えた。少し見開かれたけど、すぐにすっと戻って優しく微笑みを向けられる。

それがなんだか今までの先輩の笑みとは明らかに違って見えて、頬が僅かに熱を帯びた。思わず見とれてしまい、はっと我に返って慌ててカーテンから頭を引っこ抜いた。カーテンを閉めているにも関わらず明るい客間に、視線をそらしてさっきの笑顔を思い浮かべた。


……心臓が飛び出るかと思った。



「ん?何かあった?」

「い、いいえ……」

「あ、そうだ。ヤトから渡してくれって言われてたんだ。ちょっと待ってて」



先生はそう言うとどこかへと消えて行き、また戻って来た。その手には少し分厚い一冊の本が収まっている。

それを受け取ると、予想者よりも大きくて驚いた。先生の大きな手に収まっていたこの本は、私の手では小さくて持てなかった。咄嗟に両手で持つ。



「それ、紫姫についての本だよ。それでご先祖様のことを知った方がいいだろうってヤトに頼まれたんだ」

「ありがとうございます……」



教科書よりも厚い。それってつまり、教科書よりも詳しく記されているということ。そんなに教科書は内容が薄いのかと疑問が湧く。でも企業秘密みたいに、伏せておいた方がいいことも世の中にはあるのかもしれない。


脇に携えて、いったん部屋に置こうと自分の部屋目指して歩く。道中にメイドさんに会って軽く会釈をした。メイドさんは可愛らしくにこりと笑って会釈を返してくれた。

本場のメイドさんはあんな感じじゃないとね!私なんかがコスプレしたって意味ないんだから。

と、文化祭のときを思い出した。しかもピンクだったし。恥ずかしいったらありゃしない。


部屋の机にドスンと本を下ろす。結構年季が入っているみたいで、表紙も中身も色褪せていた。ペラペラと捲ってみる。

大き過ぎず小さ過ぎない文字がびっしりと埋まっているのに思わず呻いた。これを読めってか……ヤト君は多分全部読んだに違いない。もしかしたらヤト君の本棚に並べてあったものかな?


目次を見る限り、紫姫がこの世界にやってきたところから、カイルの元での生活、戦争、能力について、紫姫の歴史、そしてその後が書かれているみたいだった。



「カノン……」



ちらっと見えたその言葉は、紫姫の名前。彼女の名前は教科書には書かれていなかった。なんで不明にされていたのかはわからないけど、深い意味はないと思いたい。

目で追っていると、もうひとつの名前に目がいった。

カイルのところで生活していたみたいだけど、当時彼は王子であり城に住んでいたからそこまで頻繁には会ってなかったみたい。

そのとき、その城の農場というか、下働きの下宿みたいなところに男装をして暮らしていたみたい。そのときにお世話になった人。



「ケヴィ……」



彼は持病があったらしく、カノンが戦争が終わって消息を絶ったときに死んでしまったらしい。カノンが消息を絶っていた間何をしていたかは詳しく書かれていないけど、そこは重要じゃない。

ケヴィは、カイルと幼馴染みであり、実は親戚であったということだ。ケヴィの母親はカイルの母親の親戚、つまり例のシュヴァリート家の血筋で、知らずの内に知り合っていたようだ。

そこに運命を感じてしまうが、さらに縁は続いていた。

カノンはこの世界で産まれて地球へと飛ばされた。紫姫の掟に従うことが義務であり、逆らうことは禁じられていたのだ。でも、彼女は逆らった。

彼女は産まれて間もなくして、無意識に瞬間移動をしていた。それは、自分の身に降りかかる災難、つまり地球へと送られてしまうことを察知したからだ。その超人染みた行動には驚くばかりだが、さらに驚くべきことに、逃げた先はケヴィがいたところ……その下宿っぽいところだった。そこはカイルのいる城の直属の農場。そこで働く人を『庭師』と呼んだ。

農場と言っても野菜とかは地下で育ててたんだって。寒さが厳しく降雪量も多かったから、地下でした育てられなかったみたい。そこでは魔法を駆使して育て、すべてを城に献上してたんだ。家畜は地上で育ててたみたいだけど。

ケヴィもそこで育てられていたんだ。でも彼は自分がシュヴァリート家の親戚だって知らなかった。それは、母親に捨てられたから。母親も持病を抱えていて、自立した後はたいへんな苦労があったみたい。

だから、息子を手放してしまった。捨てられた彼を拾ったのが、『庭師』の長であった頭(かしら)。あだ名が頭なんて変だけど、誰もその本名を知らなかったんだから仕方ない。

そして、『庭師』としてケヴィも働き始めた。

まあ、いろいろあってケヴィはカイルと出会い幼馴染みとなり、大人になってからもちょくちょく会ってたんだって。

そして、カノンがどこで関係しているかというと、ケヴィたちがまだ子供の頃の話だ。

カノンが『紫族』の住みかである『島』から逃げ出した先は、その『庭師』がいたところだった。



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