Candy of Magic !! 【完】
「なんだそれ」
「山ん中に人がいるーってキャラバンの中から見てたんだけど、目を凝らしたらクマだった。ひとりで放浪してたよ」
「……」
「私たちに気づいた途端いなくなっちゃったけど……まあ、つまりね、先入観はダメだね。自分はダメなやつなんだって思い込んでたら一生そこから抜け出せないよ」
私は無理やり完結へと結びつけた。自分でも何言ってるのかわかんなくなったし。
ほら、ヤト君なんか微妙な表情で私を見てる。顔に何言ってんだ?って書いてあるのが見える。
私はこの空気から逃げるため、立ち上がって先輩がいるところに向かおうとした。
「おい、どこに行くつもりだ」
「え?先輩のところだけど」
「やめとけ。会うなら明日にしろ」
「どうし……あ、それもそうだね」
私も寝てみたら案外気持ちの整理ができた。それは先輩も例外じゃないはず。
浮かせた腰だけど、また降ろした。窓の外を見てみればもう学校が見えてきていて驚く。
お兄ちゃん、大丈夫かな?スピード出しすぎな感じする。
「もう学校見えてきた……」
「トーマはああ見えて能力が高いからなあ。もともとの運転手よりも風の勢いが強かったんだろう」
「それって運転手の顔が立たないね。そう言えば、元生徒会長さんはどうしてるの?全然会わないけど」
「ちゃんと学校にはいるが、生徒の前には決して現れないように配慮しているんだと思う。今は態度を改めて隠居生活というか、自分と見つめ会う機会があって穏やかに暮らしてるよ。彼が来てから教師寮が綺麗になったと評判が良いらしい」
「へえー、頑張ってるんだね。私はもうなんともないのに」
「ミクは平気でも、彼がダメなんだ。ミクに重症を負わせていたかもしれないとトラウマになっている」
「律儀だなあ……」
私は深く感心した。悪気が無かったんだからもっと気楽に生きればいいのに。人生は一度きりしかないんだから、一度の過ちをグダグダと引きずってたらキリがない。
それが積み重なったら足枷はどんどんと増えて、いずれは身動きが取れなくなってしまう。そうなってしまってはただの後悔の奴隷だ。
後悔に縛られていたら呪縛はもっと強くなるし、そのうち自由を失ってしまうだろう。
大事なものも、失うかもしれない。
「彼は彼なりに精進しているんだからそれはそれでいいんだ。問題は、アラン君だ」
「……立ち直ってくれればいいんだけどね」
私がそう言ったとき、先生がいきなり盛大なくしゃみをして飛び起きた。一瞬何が起きたのかわからないような顔できょろきょろとしてたから、ついついお腹を抱えて笑ってしまった。
先生は寝惚け眼でそんな私を見つめた後、首を傾げた。それがなんとも幼く見えてまた笑う。
その隣でヤト君が眉間にしわを寄せていた。
「自分のくしゃみで起きるとかダサい」
「え?俺……くしゃみ?え?」
「益々ダサい」
「先生、もう少しで学校に着きますよ」
「……あ、そう?じゃあもう少し寝るわ」
とろんとした目で会話をした後、またすうっとあっさり眠りについてしまった。そんな先生を見てヤト君はため息をつく。
やれやれ、とさめた目で先生を見ていた。
船は順調に降下し、学校の校庭に着いた。普段なら部活の生徒がたくさんいてできないけどね。
荷物を背負って木製のスロープを降りる。そのとき、私の横を先輩が通り抜けて行った。声をかけようと思ったけど、その背中がなんとも小さく見えてしまってタイミングを失う。
萎れているとはまさにあんな感じなんだ、とつくづく思った。
先輩はそのままひとりで寮の方へとふらふらと歩いて行った。荷物を取り敢えず地面に置くと、お兄ちゃんがちょうどお父さんと降りてくるところだった。その後ろに迷惑そうにしているヤト君と千鳥足の先生が続いている。
お兄ちゃんはこのあとそのままエネ校に帰るから、ここでお別れになる。
「お兄ちゃんまたね」
「ミクともお別れか……寂しいなあ。俺は寂しいぞお……」
目に涙を浮かべて両腕を広げて来たからさっと避ける。お兄ちゃんはミク~!と悲痛な声を上げて腕をだらりと戻しておいおいと泣き出した。
絶対本気で泣いてないけど。
私はお父さんの横に回ってため息を吐いた。
「あれ、なんとかならない?」
「お父さんに言われてもな……仲良くしてあげなさい」
「えー」
苦笑しているお父さんに私は抗議の声を上げた。お父さんもお兄ちゃんの性格をどうにもできないらしい。
向こうにいる彼の兄も厄介者になっている。
「自分で歩けよ!」
「無理……眠い」
「自分の部屋で寝てくれ」
「ヤトが運んでくれるなら」
「無茶苦茶言うな!」
先生はヤト君に寄りかかって項垂れている。ヤト君は力任せに押し戻してるけど、先生の全体重には敵わないらしい。
ヤト君はイライラが募っているのか眉間にしわを寄せて先生のことをずっと罵っていた。
それにしても、先生って寝てる場面多い気がする。
「……ミク、次はいつ会える?」
「知らないよそんなこと」
「そうかあ……そうだよなあ。予知とかできないかなあ」
「無理でしょ。できたら苦労しないって」
「まあ、冗談だ。ミク、親父、元気でな」
「いつでも遊びに来なさい」
「いつでも遊びに来ないで」
「またなー」
お兄ちゃんは私の言葉をスルーして爽快と船に走って行った。白い息がちらちらと見える。
それを見て急激に寒さを感じた。ぶわっと鳥肌が立って腕を手で押さえる。船で暖まっていた身体が外気の冷たさに身を震わせた。
船が冷風を撒き散らしながら飛び立つのを見届けてから、またよっこらしょと荷物を持つ。旅行バッグには着替えやらお土産(ユラのためにチョコを少々)やらが詰まっている。それに加え紫姫の分厚い本。
あっという間の年越しだったけど、私の人生はがらりと変わってしまった。のほほんとした平凡な生活にはもう戻れないところに来てしまっている。
バッグの中から腕にちょうど当たっている本の感触が、それを現実だと知らしめているようだ。
……私は、いったいこれから何をするべきなんだろう。先輩のことも気になるし……
お父さんたちと別れて、寮に戻って自分の部屋のドアを開けた。少し籠った空気が広がっている。
床にバッグを置いて、チャックを開けて荷物を次々と広げた。チョコは生徒会室の冷蔵庫に入れたいところだけど、誰に捕られるかわからないから諦めよう。
荷物と言ってもほとんど衣類だ。自分の物と、奥様から戴いた新しい服。どれもセンスがよくて自然とため息が漏れた。元からある服と見比べて、女子力の無さに落ち込む。
確かに値段は違うだろうけど、組み合わせとかでどうにかさせられるはず。でも私はズボンやパーカーばかり……スカートは柄じゃないから自分で買う勇気がなかった。
そのスカートが、今手元にあるというのが信じられない。
ひえーと知らないうちに呟きながらクローゼットにしまう。綺麗に畳まないと本当に申し訳ない。着るのも勿体ない、けど着ないと申し訳ない。
上下の組み合わせを考えながらすべてクローゼットに収めた。前から余裕のあったこのブラウンのクローゼット、やっと本領発揮というところか。
さっき開けた換気のための窓を閉めて、帰ってから早速本を開いた。まだまだ先は長い。
どこまで読んだかな……とページを捲る。この本はおかしなことにページ数が記されていない。ありすぎて諦めたのかな?
……あ、えっと、ケヴィのところっと……あああったあった。ここだ。
カノンとカイルとケヴィは三角関係になっちゃったんだってさ。でも、ケヴィは持病で死因が近いであろうことを察してカイルにカノンを託した。
……でも、戦争が終わった後カノンはこの世界からいなくなってるの?死んでるわけじゃないみたい……
ここら辺はよくわからないや。ケルビンとリチリアの終戦から半年後にケヴィは死去。さらに半年後、つまり終戦から一年後に『決闘』を開始。そして一年ごとに開催。
その記念すべき最初の『決闘』終了時、カノンが現われた。その後、カイルと再開し添い遂げ王妃となる。さらに年月を重ねるごとに地球に転送されていた元紫姫候補が帰還。混乱はあったものの、なんとか収まり地球の科学が広まる。
紫姫の死後……ケルビン消失後もだんだんと世界はひとつになり、国という概念はなくなり地域に別れていった。でもそれは分割されたということではなく、ただ単に住所を示すため。
この頃から、紫姫が直々に設立させた学校に変化が生じる。勉強の場であった学校は、魔法を学ぶ場へと変換。
風力発電や医療なども発達し、現在へと続いている。
……難しいところは飛ばしてざっと読んだだけなのに、疲れがどっと押し寄せてきた。こめかみを揉んで一息つく。
学校に到着したのはおやつ時ぐらいだったけど、窓から部屋を照らす日光はオレンジ色をしている。冬は日没が早い。
うーんと伸びをして私は立ち上がった。もう今日は疲れたから本を読むのは止めておこう。まだ課題が少し残ってるけど、明日でいいや。三学期が始まるまで一週間ぐらいあるし。
部屋の鍵を閉めてしーんと静まりかえっている廊下を歩き、階段を降りた。皆は今帰省中だから多分誰もいない。お風呂は先生寮のを使うことになっている。生徒寮のは大きすぎるしお手伝いさんも帰っている。
お父さんが言っていたんだけど、元生徒会長さんは怖くて家に帰ってないんだってさ。転校したことをどう思われてるのかわからないからって。でもそのおかげで先生寮は手入れが行き届いているわけだけど。
炊飯はこのあと先生寮でするんだ。何作るかはまだ決まってないけど。無難にカレーにでもしようか……シチューにしようか。
暖かい料理がいいよね。それにご馳走ばかりだったから胃に優しいものっと……
階段を降り終わったとき、ちょうど食堂ら辺でヤト君とばったり出くわした。ヤト君も目を見開いたけどすぐに戻してぶっきらぼうに話しかけてきた。
「……暇だな」
「う、うん……本読んでたんだけど疲れちゃってさ」
「先輩は出て来そうにない。夕飯はおまえが届けて来い」
「食べてくれるかな……」
「食わないと死ぬからな。それぐらいはいくら先輩でも理解してるはずだ」
「ヤト君は課題終わってるの?」
「なんだいきなり……当たり前だ。出発する前に終わらせた」
「うおう……用意周到?優等生?」
「なんで疑問符付けるんだよ。おまえはどうせ終わってないんだろ?」
「仰る通りで」
私はヤト君にちらっと見られて項垂れた。私も先に終わらせるべきだったな。まだちょこっとだけ残ってるんだ。
それだけなのに、手をつけるのがめんどくさい。
「先生寮に行くか。普段入れないから楽しみなんだ」
「意外だなあ。ヤト君がそんなこと言うなんて」
「ついでに兄貴の部屋に突撃してやる。おもしろいもんが埋まってそうだした」
それって、研究関係のことかな……なんか散らかってそう。足の踏み場がない床が容易に想像できる。職員室の机の上も散らかってたし、資料の山で寝るとこもなさそう……
あっ、だからいつも眠そうなのかな。研究に没頭して寝不足でしかも寝るところが近くにないから……あーでも、先生ならどこでも一瞬で寝られそう。
ヤト君は綺麗好き……なのかな?
ちらっと値踏みするようにヤト君を見ていたら、不機嫌そうな視線を向けられてやめた。ご機嫌ななめになったらきっとさっきの先生みたいに悪口言われる。
課題早く終わらせろ、とか、料理できんのか、とか。
……料理できるわ畜生!これでも専業主婦紛いのことを何年もこなしてたんだからね!
ひとりで妄想を楽しんでいると、ヤト君がいつの間にかいなくなっていた。これは、あれだ。最近はなかったけど、物思いに耽って時間も場所も忘れるってやつだ。
……置いてかれた。