Candy of Magic !! 【完】




「ごちそうさまでした」

「いいえー。もう帰っちゃうのね、寂しいわあ」

「また来年も来ますよ」

「これから待ち遠しいわね!」

「ぜひ来てくれたまえ。ごちそうを用意して待ってるからの」

「ありがとうございました!」



数日スリザーク家に滞在した後、別れの時が訪れてしまった。奥様はうっすらと目に涙を浮かべている。

それにつられそうになったけど、なんとか堪えてまた次の約束をした。奥様はそれに大喜びで、心がほっこりとした。旦那様も顔にしわを寄せて笑顔を向けてくれた。

少し離れ難いこの屋敷。タクシーに乗って上空から見えなくなるまで見つめる。私の膝の上にはヤト君から貰った紫姫についての本。

まだまだ知らなきゃいけないことはたくさんあるのだ。



「正月太りするなよ」

「し、しないよ!したくないし」

「実家から帰って来たやつらからお土産をたんまり貰うだろうからな」

「あー……なるほど」

「リト先輩が教えてくれた」



そうか、今帰省してる人たちからお土産をもらえるのか。地元の名産品は住民の誇りだもんね。

ルル先輩、チサト先輩、ソラ先輩……ええっと、総勢11人?先輩たちとユラとスバル君とソウル君までだとするとそのぐらいだ。

やっぱり、食べ物かな?洋服が名産品のところってあんまりないしなあ……



「お土産の数数えてるのバレバレだぞ」

「え?あ、あは……つい、ね」



無意識に指で数えてしまっていたようだ。ヤト君はそんな私を見て苦笑している。


もう屋敷は見えなくなって、今は山の上を飛んでいる。気流が安定している層を飛んでるから船はそこまで揺れない。

椅子に座って小さい丸窓を覗きこむ。冬だから山脈は雪を山頂に被っていた。ちらほらと動物の足跡も見える。


固定されたテーブルの向かい側に座っているヤト君に気になることを質問した。



「ねえ、アラン先輩は?」



乗り込んだときから姿が見えない先輩。先生は少し離れたところにある椅子でぐーすかと寝ている。そんな先生を呆れたようにちらっと見て、周りをぐるりと見渡したヤト君はため息を吐いた。

そして、深刻そうに顔に影を落とす。

……なに?



「先輩はだぶん、甲板にでも出てるんだろう。寒い中、な」

「な、なんでそんなことしてるの?」

「よーく聞けよ?二度は言わない。個人情報だからな」

「うん……」



ヤト君の前ふりに唾を飲み込んだ。ただならぬ雰囲気……

ヤト君はおもむろに口を開いて、衝撃的な言葉を発した。



「……先輩の父親が、つい先日亡くなった」

「え……?」



ヤト君は顔をしかめた私に視線を寄越してから、地上に瞳を向けて少し瞼を伏せた。



「親父たちが付きっきりで診てた患者……その人は、先輩の父親だったんだ」

「そんな……いつ知ったの?」

「旦那様が先輩に話していたのを偶然耳にしたんだ。タクシーに乗り込む少し前……つまり、皆で荷物を運びこんでいたときだ」



そのときは……荷物を運び込むのに奮闘してたな。お手伝いさんたちがやってくれてたんだけど、すべて任すのは悪い気がして手伝っていたんだ。

そのときかあ……わからなかったな。



「先輩の父親の死因は脳梗塞。約一年前ぐらいに酷くなって、最近になって入院してたらしいな。年を越すか越せないかぐらいが山だったみたいだ。その人は、ちょうど越したときに亡くなった」

「……」



ヤト君と部屋で話したときぐらいか。あのときに人の命が儚く消えていたなんて……私は少し俯いた。先輩が今何を思っているのかは大体想像がつく。

そして、自分を責めていることも。



「先輩は勘当されたから、帰省しなかった。もし帰省していたとしたら、最期に立ち会うことができたかもしれない。遠慮したせいでこんな結果になってしまったからな……」

「お父さんはきっと、堪えて待っていたんだね。息子にあんなことを言ったけど、本当は会いたい。でも、呼びつけるには図々しくてなかなかできなかった。入院しても心配をかけたくなくて黙っていた。でも、その結果先輩は心に傷を負ってしまった……」

「これは誰が悪いとかの問題じゃない。けど、先輩は少なからず後悔はしてるはずだ」

「そっとしておいた方がいいのかな」

「さあな……これは個人の問題だ。他人が介入していい問題じゃないが、あんまりにも先輩に深刻なダメージがあれば手を出さないといけなくなる」

「例えば……?」

「……外部との接触を避ける、だな。部屋にずっと閉じ籠るようになったら何か策を考えないといけない。心の病に侵されれば、立ち直るのは難しくなるだろう」



それって、抜け殻同然になるってことだよね……側にいなくてもその存在を認識することはできた。見えなくても、ちゃんと生きている。だから家業を継がなくてもいいと思っていた。

でも、その存在が自分の知らないところでひっそりと息を引き取った。もし自分が戻っていれば……意地を張ったり遠慮したりしなければ会えたかもしれない。なのに、そのチャンスを逃してしまった。しかも、そのチャンスは二度と訪れない。

次に会うのは、遺影の前だ。


当たり前にずっといると思っていた父親を亡くして、先輩は落ち込んでいるんだ。それと同時に、悩んでいるに違いない。

教師になるか、家業を継ぐか。

そればかりが、頭の中で堂々巡りを繰り返す。



「先輩、どうするんだろうね……進路を決めないといけないのに」

「家業を継ぐと俺は思う。例え父親が罪を償うかのように自分が跡を継ぐのを望んでいなかったとしても、それでも父親を避けた自分が許せないはずだ」

「そんなに自分を責めたって疲れるだけなのに」

「先輩は責任感の強い人だ。軽い気持ちで何もかもをしてたわけじゃない。教師になることを告白したのだって、勇気を振り絞ったと思う」

「そうだよね……」



私がそう呟いたとき、お父さんが上から戻ってきた。私たちがいるのは甲板の中。

お父さんは今までどこにいたんだろ。



「お父さんどこ行ってたの?外?」

「……ああ。アラン君が気がかりでね」

「どうでしたか?」

「彼は……相当参っていたよ。家族を失った悲しみは誰にも拭えないから、隣にただ並んでただけなんだが……虚ろな目をしていた」

「……そう、なんだ……」



お父さんは厳しい表情で目を伏せた。もしかしたら、お母さんを失ったときの気持ちと重ねているのかもしれない。

その気持ちを理解できない自分が悔しかった。お母さんとの思い出はほとんどないから、泣いた記憶さえない。

今はどっかに行っててここにいないお兄ちゃんでさえ、うろ覚えだって言ってたし。


こうやって人は、忘れられちゃうのかな。



「お父さん、お兄ちゃん知らない?」

「トーマなら船頭をやっているが」

「ええ?!なんで?」

「操縦をしてみたかったんだと」

「タクシーの運転手にでもなるつもり……?」



先輩がこんなときだって言うのに、お兄ちゃんは興味本意で船の運転だなんて……

何考えてるの?



「あいつが何を考えているのかはわからないが……お母さんのことを思っているのかもしれない」

「え?」

「とにかく、ひとりになりたかったんだよ」



古傷を抉(えぐ)られたような感覚……ってことなのかな。今まで忘れていた、思い出すこともなかった記憶を呼び覚まされて戸惑ってるのかもしれない。どうやって対処すればいいのかもわからない。

どうやって、向き合えばいいのかもわからない。

私にはその感覚はわからない。でも、察することはできる。お父さんだって普通だけどどこか陰鬱としてるし。


空気が、暗くて重い。



「……止めましょうこの話は。せっかくおめでたいときなんですから福が逃げてしまいます」

「……そうなんだが、どうにも、ね」

「皆共通して思ってることは、年が明ける前に戻りたいってことだと思うな」

「……おまえ、それ言うなよ」

「でもね、私はそうは思ってないんだ。あんなに衝撃的な告白をされて、そりゃショックを受けたけど……受け入れるのは大事だと思うよ。素直に受け入れれば、何か見えてくるはずなんだもん」

「おまえは、見えたのか?」



私はヤト君の質問にかぶりを振って笑って見せた。



「ぜーんぜん!ちっとも見えてこないよ。逆に簡単に見えてきちゃったらつまんなくない?あんなに悩んでた自分がバカらしくなっちゃうって。だからね、悩んだ末に見えたものには、意味がしっかりとあるんだ。その見えたものから目を背けず、真っ直ぐに見つめればまた違ったものが見えてくるかもしれないし」

「わかるような……わからないような……」

「遠くから見えてたその人は実は人じゃなくてクマだった、とか」

「それ普通に怖いだろ」

「そう?人だと思って見てたら実はマナのクマでさ、あれはぎょっとした」



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