Candy of Magic !! 【完】

方法



■□■□■□■□■□■□■□■□



アランside



■□■□■□■□■□■□■□■□



時々、自分が何かに突き動かされるような衝動に襲われていた。それは決まって、いつもミクが関係していた。

ミクがいると、護りたくなる、傍にいてほしい、可愛がってやりたくなる……そんな感情が俺の中で芽生えていた。

それは俺自身、嫌な感情ではなかった。しかし、どこか強引さがあるような気がしていた。どうしてここまで彼女に執着するのか、自分でもわからなかった。

戸惑いながらも、これが恋か、と受け入れた。でも、自分自身の心ではなく、心の奥底に眠っている何かがミクを欲していたような気がしてならなかった。それが俺の身体を乗っ取り、占領し、突き動かした。

ミクにキスをしたのも、それが原因だ。どうしようもなく焦れったくなり、いつの間にかしていた。抱き締めたのも、その何かが俺を誘導させたから。甘い言葉も、口が勝手に動いていた。

慈しむような情動。それらはすべて、俺の魂が関係していたようだ。


以前、ヴィーナスに指摘された前世の人間について。それは男の偉人だったということ。偉人などあまたにいたからそのときはわからなかったが、今はピンときている。

俺の前世は、かの有名な王、カイルだったのだと。


そして、ミクの魂は……カノンのものだったのだ。カイルはまだ転生を一回しかしていないから、まだ当時の感情が残っていた。未練と言っても過言ではないが、ミクの場合は前世がカノンというわけではない。

つまり、転生を繰り返せば繰り返すほど、未練はだんだんと薄まっていくのだ。だから、ミクは俺に興味を示さなかった。だが、俺は興味どころかとどまることの知らないほどの愛情が生まれた。

それはすべて、カイルとカノンが愛し合っていたという証拠。しかし、それは俺たちにとっては束縛となっていたようだ。結ばれなければならないという使命めいた感情に苛(さいな)まれ、いつの間にか俺にとってミクとの関係は、運命の赤い糸で結ばれた関係のようなものだと勘違いしていた。

だが……それは違っていたようだ。


夢から覚めたような心地で、目の前で眠っているミクを見つめる。確かにこうして眺めると、慈しいと思う。だが、それはあくまで客観的な想い……保護者のような温かい目で見守っているのと同じような感じだ。

護ってやりたいが、そういう感情は湧いてこない。

兄のような……一人っ子の俺の妹。そんな感じだ。その頭に触れれば、撫でたくなる。しかし、抱き寄せたいとは思わない。

近くにいるだけでいいんだ。これ以上近くに行きたいとは思わない……この距離感は説明しづらいが、少なくとも恋を感じているわけではないことを察してほしい。憑き物が落ちたように熱が冷めた、と言えば少しはわかりやすいか。


しばらくそうやって撫でていたが、ミクが起きるような気配がしてパッと離す。俺は、一歩後退しなければならない。

今度は、あの人が自分の幸せを掴む番だから。



「ん……」



僅かに声を上げて眠気眼で俺を見つめてきた。とろんとした表情できょろきょろと見渡す。

そして、また俺に視線を戻した。



「おはよう」

「おはようござい……っ!先輩!大丈夫ですか!死んでませんか!」

「その質問はおかしいだろ。そうしたらここはあの世か?」



俺はクスクスと笑いながら慌てているミクを宥める。俺の肩を揺さぶって必死の形相で迫ってきた。しかし、その指にはまっているきらりと光る宝石に愕然とした。

パシッと手首を掴みそれを凝視する。ミクはそれを訝しげに見た。



「これ……」

「ああ、この指輪ですか?引き出しに入ってましたけど……」

「これは、紫姫に代々伝わっていた指輪だ。何か変わったことはないか?」

「変わったこと……?」



俺の言葉に頭を巡らせるミク。見た目はどこも変わっていないはずだが……内側はどうなっているかわからない。

力が覚醒していれば厄介だ。



「特に何も……それより、今までどうしてたんですか!食事も取らないし返事もしないしずっと座ってるし……」

「ああ……迷惑かけたな。親父のことで心を痛めていたら、いつの間にか意識が飛んでいた。あまり覚えていない」

「そんなことあるんですか!それに……いきなり変な夢を見ましたし」

「紫と青の光だろ?」

「え!なんで先輩知ってるんですか」

「隣にいた青い光が、俺だからだ」

「ええっ!」



すっとんきょうな声を上げてミクはベッドから立ち上がった。その勢いでミクの頭が俺の顎を強打する。

……いてぇ。



「せ、先輩大丈夫ですか?すみません……」

「いや、平気……」



幸い舌を噛まずにすんだが、ガチンと歯と歯が当たって耳の中が変な感じがする。

ミクが慌てて俺の顎に手で触れたとき、急に温かさを感じた。それは徐々に浸透していき、痛みがすっと引いていく。よく見れば、キラキラとしたオーラのようなものが空気中に漂っている。


まさか……



「ミク、おまえ……」

「力、使えるようになったみたいですね」



俺の焦りとは裏腹に、ミクは冷めた口調で言った。まるで、こうなることがわかっていたような……



「ヤト君にもらった紫姫の本に書いてあったんです。紫姫は特別な力があるって。それに、私の先祖にはカイルがいます。カイルは治癒の魔法を使えたから、こうなっても不思議はありませんよね」

「すべて、知っていたのか……?」

「そういうわけではありませんけど……この指輪を手にする前の自分とは明らかに違うな、とは感じます。そして、私のマナも……」

「おまえの……?」

「はい。少しだけ感じるんです」



ミクの表情が一瞬引き締まり、そして瞳に僅かに影が落ちた。



「もうすぐ、目覚めるってことが」



どうなるかわかりませんけど、と付け足してミクは無理をしたような笑みを向けてきた。そのぎこちなさに俺は舌打ちをしたくなる。

本人は、内心かなり動揺しているし、不安で仕方ないはずだ。

それを隠すのは、自分自身にも周りにも良くない。だが、それを伝えたところでミクは変わらないだろう。周りに心配をかけまいと意地になるはずだ。


俺はぐっと言葉を飲み込んで、ずっと思っていたことを口にした。



「腹、減った……」

「あ!じゃあお昼ご飯温めてきますね!少し待っていてください」



その無駄に高いテンションに俺は微笑みを向ける。彼女の負担を少しでも和らげてあげようとした結果だが……本人が出て行った後すぐに戻した。

真面目に笑い事じゃない。


俺のマナがふらっとベッドの下に現れた。座っている俺の足元に身を擦り寄せてくる。おまえにも迷惑かけたな……こんなにやつれて。

その頭を撫でてやると、嬉しそうに尻尾を振ってくれた。心なしかその姿が薄い。ここまで弱々しくなるとは……

そのとき、俺の中で何かが閃いた。そして、もしそれがあっていたらと思うとゾッとする。

まさか……まさかな。あり得ない。そいつは眠っているはずだろ?

知らずの内に背中に寒気が走って鳥肌が立った。


俺が直感的に思い付いてしまった仮説。それは……

ミクのマナは、すでに目覚めていて目に見えないだけで存在しているのではないか、ということだった。


だとしたら……


禍(わざわい)は、近い。


< 112 / 132 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop