Candy of Magic !! 【完】



「それ、ヤバくない?」

「そうですよね……考え過ぎですかね」

「元気になったと思ったらいきなり物騒になって……これからどうなるんだ」

「でも、もしそうだとしたら……なぜ何も起きないんですか?生徒がいない今、混乱が起きても被害は少ないのに……」

「それが、狙いか……?」



俯いているミクを視界の隅にとどめながら膝を交えて話し合う。混乱、と聞いてまたあらぬことを思い付いてしまった。芋づる式にどんどんと連鎖が起こってしまう。

それが狙い、と言ったのには理由がある。

マナは人間に必要とされているから存在している。しかし、必要とされなければいずれは消えていく。それを阻止するためにミクは夢の中で龍に会っていたようだ。龍はマナであり、それは『島』の一件で実在すると証明された。つまり、このことは現実に起こっていると嫌でも実感しなければならない。

そこで、マナは人間に捨てられることに抵抗を感じていると俺は考えた。飽きたおもちゃのようにぽいっと捨てられる……捨てられるということは、忘れ去られてしまうということ。マナが見える人が少なくなっているのは事実であり、それが回復するような見込みもない。

そうなれば、マナという存在は衰退していくばかりだ。しかも、人間は魔法を未だに使える……すなわち、マナだけが人知れずその姿を消してしまうということだ。人間は困らないだろうが、マナにとっては死活問題であり怒るのは当然。


そして、俺が懸念していることは……マナが人間に危害を加えるのではいかということ。ミクのマナの力が解放され、その力を吸収したマナが主から離れ独立した存在となる。

マナは魔法そのものであり、たぶん実体化して人間を襲うようになるのではないか、と俺は思い立った。そうなれば混乱どころか恐怖が次々と人間たちに伝染する。パニック状態に陥った人間と、怒り狂ったマナ……勝者は自ずと確定する。

さらに、マナが離れるということは恐らく人間は魔法を使えなくなるということ。マナが消滅しても、それは実体が無くなるということで魔法の源である粒子は存在している。だが、マナが離れるということは粒子も離れるということで魔法は使えなくなる。

そうなれば、人間は成す術がない。


そのようなことをぽつりぽつりと口にしていると、ヤトの顔色が悪くなってきた。血の気がどんどんと引いていくから俺はそれを見て口をつぐんだ。言わなくても結末はわかっているだろう。



「マナの反乱……ね。それは考えてなかったな」

「だから、もし暴れるのであればこのまま人が少ない内にしてほしいですね。それはこの近くに龍がいる、という前提ですが」

「魔法が使えなくなる日が来るかもしれないとは、考え難い」



カインさんが重い口調で口にした。

俺たちにとって魔法は日常の要であり身体の一部だ。危険は伴うが人間の営みには欠かせないもの。それが無くなりさらには恐怖と隣合わせとなるとは……誰が考えていただろうか。いや、考えたことのある人は誰もいないだろう。

俺だって、思い付いてから後悔したしな。



「あの……」



ミクがやっと言葉を発した。まだ俯いたままだが、膝の上に置いている拳は固く握られている。



「私は、どうすればいいんでしょうか……こうやって待っていても何もわかりません」

「では、行動に移せ、と?」



先輩が努めて明るく質問した。その言葉は今の彼女にとっても知りたいことのはず。それをあえて質問したということは、選択権は彼女に委ねられたということ。

ミクはしばらく押し黙った後、沈黙を破るようにパッと顔を上げた。

そして、ここにいる全員が予想していなかったことを言った。



「神様に、会えないんですか?」

「「「「は?」」」」



ミク以外の全員は一瞬で固まった。ミクはごくりと唾を飲み込んだあと、真面目腐った表情でおもむろに口を開く。



「紫姫の本と、それ以前のことが書かれた本を読んだんですけど……必ずと言っていいほど、神様が何かしら干渉してきているんです」

「例えば……?」

「伝説の四人が魔物を封印するときはその方法とかで、紫姫のときは神様が自ら導いていました。だから、今回も何か手を貸してくれるんじゃないかと思ったんです」

「フリード……」



ミクの意見は正しいのかもしれない。だが、そのカードはすでに使われたんだ。

ヴィーナスが来たときに。



「実は、すでにフリードはこちら側に干渉したんだ」

「え……?」

「その、指輪を手に入れるときに」



俺はミクの右手の人差し指で存在感を醸し出している指輪を指差した。ミクは驚いたようにそれを見る。

俺はそれを手に入れた経緯を軽く説明した。

父親を目の前にして言うのは憚(はばか)られたが、贅沢は言っていられない。娘さんを危険に晒しましたと暴露するしかない……時間も手段も残されてはいないのだから。


ミクは納得した反面、残念そうにしていた。



「やっぱり、神様が自分の世界に手を出すのはよくないことなんですね……」

「いろいろと無理があるからな。神は大きいがために影響力も比例する。干渉すればするほど世界に返ってくる反動は大きいんだろう」



手を出せば出すほど、世界の均衡は崩れる。神は何をしても許されるから、世界はそれを受け止めきれずに崩壊してしまうのだろうか……森羅万象が崩れ、悪化すれば世界は消滅する。

それは俺個人と憶測でしかないが、これだけは言える。

神は、雲の上の存在であらなければならない。

簡単に、神と会うもんじゃないんだ。



「せめて、龍の居場所がわかればいいんですけどね……感じ取る方法ってないんですか?」

「さあ……あくまでマナは自我を持っている。あいつらは半分は自由で半分は不自由なんだ」

「うーん……」



ミクは難しそうに眉間にしわを寄せて考え込んだ。俺にも何も浮かんでこない。

確かに、せめて龍の居場所さえわかれば解決への糸口が見つかるかもしれないのに……



「それなら、教えてやらんこともない」



そんな言葉が聞こえてきて俺たちはハッとした。きょろきょろと見渡すが誰もいない。ここには女性はひとりしかいないのに、女性の声が聞こえた……ということは。

俺はある可能性を感じて俯いているミクを見つめた。絶対に間違いない。

ヴィーナスが、降りてきたんだ。

そう俺が確信したとき、ミクは顔を上げた……やはり、瞳が金色になっている。



「ヴィーナス!」

「うるさいぞ小僧。ちゃんと聞こえている」

「……」



カインさんは驚きに言葉を失っているが、恐らく頭では理解しているだろう。さっき指輪を手に入れるまでの経緯をミクに教えたからな。

先輩も顔つきの変わったミク……いや、ヴィーナスを見つめている。



「禍の居場所だろう?それなら簡単だ」

「知っているのか?」

「私を誰だと思っている……すべてを見ていたのだからな」

「それなら話は早い。どこにいるんだ?」

「まあ、焦るな。おまえたちは、『ゲルベルの森』を知っているか?」

「『ゲルベルの森』?それなら、魔物の巣窟だったところだろ。そこから魔物が別の世界湧いていた山という森というか、鬱蒼としたところだと習ったが」

「そうだ……それがどこにあるか、おまえたちは知らないだろう」

「そりゃな……名前だけ知ってる程度だ。地図にもどこにもその名前が書かれてる物はないぞ?スリザーク家にもそれに関する文献は少なかった」

「なぜだか知っているか?」



ヴィーナスはきらりと鋭い瞳を俺たちに向けた。その光に一瞬たじろぐ。

それが、なんの意味を持っているというんだ。



「それは元は火山でな……魔物が封印された後、一度だけ大噴火をした。そのときに火山の地形は変わり、平地へと変化した」

「じゃあ、今も『ゲルベルの森』自体は存在してるんだな」

「そうだ。その場所が……」



ヴィーナスはそこでいったん言葉を切った。その沈黙にイライラとする。教えるんなら早く教えてほしい。

焦れったい想いでいっぱいになっていると、ヴィーナスはやっと重々しくその口を開いた。



「……ここ、だ」

「……」



ヴィーナスが指差したところは、なんと下。俺たちは何も言えずにただ呆然とする。

ここ……?この学校が立っているところなのか……?



「それは、真か」



カインさんが口火を切った。複雑な表情でヴィーナスを見つめている。



「ああ。ここは何かと力が強い……そして、学園祭当日におまえが相手をしていたやつの魔法が飛び散っただろう?それはミクのマナの仕業だ」

「なんだと……?」



ヴィーナスによれば、出来心で龍が干渉しああなったそうだ。龍はミクの力の復活を望んでいる。だからその身に危険が迫れば力を開花させるだろうと目論んだようだ。

それは不発に終わったが、決定的な証拠になった。だから、ラルクは嘘などついていなかった。悪いことをしたなとは思ったが、あいつはあいつで今に満足しているのだから今は置いておこう。



「龍の影響でおまえも少なからず異変を感じたはずだ。どう感じた?」



貴様、からおまえ、に変わっているのにも気づかずに俺は呆然とする。

どう感じたといえば……



「このまま、魔法に乗っ取られるような危険を感じた」

「まさにその通りだ。マナを束ねる者は、マナを牛耳ることもできる。すなわち、ミクのマナはリーダー的な存在だ……その力は計り知れないと思え。龍が干渉したがために、おまえのマナにも影響が出たんだ」



さらに俺の中であることが繋がった。どうしてこうも今日は頭がキレるのかとうんざりする。

何を思ったかというと、マナのリーダーは、ミクがガラス細工の題材としたあの龍だ。夢の中で会ったという龍……そいつは恐らく、ミクのマナであり封印されていると思っていた龍だ。

どうしてこのことに早く気づかなかったのだろうかと悔しくなる。そうすれば、龍が何がしたいのかを事前に知ることができたのに。そうすれば、ミクに頼んで龍を説得することもできた。


やはり、あの龍はミクをほのめかし自由を手に入れようとしているのだ。自由とは封印から解き放たれることではなく、マナ全体の自由……仲間を人間から解放すること。

マナが自由を得れば、俺たちにはどうにもできないだろう……



「それで、俺たちはどうすればいいんだ?どうやったら龍に会える?」

「決して難しくはないが……」



俺の質問にまたヴィーナスは口を閉じる。言い淀んで言葉を探しているようだった。

だから、早く教えろ!!



「まあ、そうカリカリするな。私にも言いづらいことはある」

「それを教えるために来たんじゃないのかよ?」

「小僧の言う通りだが……しかし、なあ……」



言うなら早く言えよ!気になるだろうが!

眼鏡のブリッジを指で押し上げて冷静さを取り戻そうと試みる。落ち着け、俺。焦っても何も生まれない。


ヴィーナスは顎に指を添えてうーと唸る。本人も戸惑っているようで、貧乏揺すりをし始めた。膝に乗せている肘から顎にそのまま振動が伝わってうーという唸り声がうううううとリズムを刻む。

……その動作、いらないんだけど。ちょっと笑えるけど。

ちらっと先輩を見れば口元が緩んでいた。俺の冷ややかな視線にハッと気づいて慌てて手のひらで隠す。

先輩、バレバレですよ。



「男の前では言いづらいんだ……心して聞けよ」

「あ、ああ……」



ヴィーナスが貧乏揺すりを止めて、俺たちを見据えた。金色の瞳に射抜かれるようで少々落ち着かないが、よっぽど重要なことなのだろうか、真剣な眼差しに生唾を飲む。

ごくり、と喉が鳴る音がこの空間に響いてやしないだろうか。



「……触れ合え」

「は?」

「だーっ!私も恥ずかしいんだ二度も言わせるな!」



呆ける俺たちにヴィーナスは顔を真っ赤にして吠えた。



< 113 / 132 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop