悠久幻夢嵐(2)-朱鷺の章-Stay in the Rain~流れゆく日々~

6.幼い頃の記憶



幼い頃から、
俺の周囲には
大人たちばかり居た。




大人たちは、
俺を見つめては口々に呟く。




『宝(ほう)様』っと。




その言葉が、何度も夢の中に出来る
あの宝(ほう)と呼ばれる存在と
俺の中で結びついたのは、
間もなくの事だった。



宝(ほう)と言う存在に、
疑問を感じた俺は、
ある日、母さんにそれを訪ねた。




母さんは驚いたように、
唇を震わせながら、


『何時から、
 その夢を見ているの?』

っと真っ直ぐに、
俺の目を見据えながら切り返した。




その時の母さんが
俺の腕を掴んだ手の力の強さは
今でも忘れることが出来ない。





夢を見始めたのは、
夢と現実の違いが判らなかった頃。





母に告げたその日から、
俺は屋敷奥の別邸で
生活を強いられるようになった。





外の世界に触れることのない、
限られた世界での生活。





大きくなった今、
その限られた空間に閉じ込めることが
俺を守るための、
母さんの唯一の抵抗だったのだと
感じ取れた。






2歳と6か月が過ぎた雨の強い日。




真っ白な着物を着て、
母さんは屋敷から出て行った。



暗闇に奥に消えるまで、
俺の名前を呼び続けた
母さんの声。




それは今も俺の中に、
こびり付いている。





母さんが帰らなくなった直後から、
奥の別邸には、
見知らぬ人たちが、
姿を見せるようになる。



その人たちは、
決まって俺をこう呼んだ。




『宝(ほう)さま』っと。




その言葉の意味すら分からないままに、
俺は俺に関わる人たちが望むままに、
別邸から外に出るようになった。



その頃から、
感じるようになったものが『声』。



『あれが宝さまだと……』

『あんなガキに村が守れるのかよ』

『宝さまが目覚められたのだから、
 この村は未来永劫安泰だよ』



そんな声が一斉に、
渦となって次々に俺の中に押し寄せて
侵食していった。






その度に……
強い吐き気が押し寄せて、
体は重怠くなり、
意識を失い続けた幼い時間。





目が覚めた時には、
総本家の屋敷の布団に寝かされていた。





父さんがいつも
傍にいてくれたのを
覚えている。



そんな時間を繰り返しながら、
限られた村の中で生き続けた俺。




何時しか俺は、
村の大人たちの顔色を伺いながら
生活するようになってた。


やがて大きな手で俺を守り続けてくれた
父さんも雨の強く降る夜、
母さんと同じように
真っ白な装束に身を包んで
闇に消えて行った。


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