捨て猫にパン
7:58


やっぱり…来ないよ、ね…。


残り2分を諦めて、あたしは狭い玄関でいつものヒールをのろのろと履いた。


鍵、閉めて。


いつものテンポを取り戻して階段を降りると、


───パタンッ


「真琴ちゃんっ!」


…え?


昨日覚えたばかりの声があたしを呼び止めた。


「倉、持…さん…?」


「ゴメン、遅かった?」


車を降りてあたしを見下ろす倉持さんのラフなジーンズ姿に、急に頭がクラクラし始めた。


「乗って」


そう言って慣れた手つきで開けてくれた助手席に、少し心がブレる。


待ってたのに。


会えたら、って思ってたのに。


なんでもなく開けてくれた助手席が遠い。


「どうしたの?」


「あの…えっと…ココ、ですか…?」


「わざわざ後ろに乗る理由でも?」


「そう…ですよ、ね…。じゃあ、おじゃまします…」


───パタン


閉めてくれて運転席にまわった倉持さんは、静かに車を発進させた。
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