先生がくれた「明日」
制服を返した後、先生と並んでスーパーから出た。



「新庄、次のバイト探そうとか思ってないだろうな。」



先生が、切れ長の目を細めてジロッと見る。



「さあ、どうでしょうね。」


「ばかやろう。」



先生のゲンコツが頭に落ちる。



「あいたた、」



大げさに顔をしかめると、先生は凄味の利いた顔で睨んでくる。



「どこで働いてても探しに行くからな!!」


「無理でしょ、そんなこと。」



あはっと笑うと、先生は真面目な顔で頷いた。



「無理だろうな。だけど新庄。」



一度言葉を切った先生が、私に向き合って足を止める。



「次に見付けたら退学だぞ。」



あ、それは困る―――

せっかく2年になったのに。



「それでもやるなら覚悟しとけ。」



覚悟、か。

そんなもの、最初からできてるよ。

遊ぶお金が欲しくてバイトしてる人と、同じにしないでよ。



そう言えば、ずっと同じ方向に歩いてるけど、先生こっちに来ていいのかな。

ふと、不思議に思う。



「先生って、どこに住んでるの?」


「はっ?」



心の底から呆れたような顔で、先生は私を見た。



「お前んちの向かいに住んでるんだけど。」


「へっ?」


「へっ、って。お前ほんとに知らなかったのか?」


「先生は、知ってたの?」


「当たり前だ。」



うわっ、向かいってことは。

無造作に干してた洗濯物とか、全部見られてたってこと?


うちは安アパートで、一方は公園だから、ベランダに面した側に先生の家があるっていうことになる。

うちよりもずーーっとお高いマンションだ。

だけど、向かいのベランダはそう遠くないところにあったような気がする―――



「うわあ。」


「何だよ、うわあって。」



不機嫌そうに眉をひそめる先生。

跡部先生が向かいに……。

立ち直れない。



気付いたら、もうそのアパートの下に差し掛かっていた。



「じゃあな。子どもは帰ったら勉強して、大人しく寝るんだぞ。」



思いっきり無視をして、私は階段を上る。



「新庄、」



仕方なく踊り場から下を覗く。



「いや……、無理すんなよ。」



今思えばあの時、どうして先生はあんなこと言ったんだろう。


私はただの校則違反を見付かった生徒で。

たまたま近所に住んでるから、一緒に帰っただけで。

私は、自分のことを、何も話してはいなかったのに。



「先生、さよならっ!」



にっこり笑って手を振ると、先生も手を上げて応えた。

いつもの固い表情ではなく、私につられてほんの少し微笑んだように見えた。


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