過ちの契る向こうに咲く花は
「巽とは会った?」
「ええ、ついさっきまで話をしていました」
「でもその顔は、なんにも解決してなさそうだね」
「そうですね、正直ちょっとこんがらがってます」
「自分の気持ちに?」
 先程より増えたひとの数に、押し流されてしまいそうだった。

「え?」
「せっかくだからさ、ちょっと飲みに行かない?」
「は?」
「いまさら俺とふたりっきりが嫌だとか言わないよね、確か近くに居酒屋あったし、奢るし」
 そう決定事項を通達するかのような口調で言いながら、鳴海さんが時間を確認する。
「ええと、鳴海さん」
「どうせひとりで部屋にこもったって悶々としてるだけでしょう。だったらいいじゃん、デートしてよ、俺と」
 そしてそのまま電話をかけ始めてしまった。どうやらその居酒屋にらしくて、予約を入れている。
 このひとは、伊堂寺さんの従兄弟だった、と改めて思い出す。
 じゃ、こっち、と言い出して勝手に歩き始めたときには、もう諦めがついていた。

 道すがら話したのは、なんてことない話題だった。
 最近こんなことがあってさ。あのニュースってさ。この間読んだ本がね。
 ああ、気を遣わせてるのかなと思いつつも、鳴海さんは以前からこうだったなと気づいてからはすこしだけ気持ちが楽になった。
 相槌をうって、時折意見を口にして。気づけば店の前に来ていた。普通のなんてことない居酒屋だった。

 さすがに月曜の早い時間帯ということもあって店内に客はいなかった。鳴海さんはどうやら顔なじみらしく、女将さんらしいひとと笑顔で挨拶を交わしている。奥から顔をのぞかせた旦那さんらしき男性も、鳴海さんに笑顔を見せていた。
 広くない店内の端にあるテーブル席に案内してもらう。お座敷もあったけど、それは鳴海さんが断っていた。ほんのちょっと感心してしまった。

「おまかせでいい? ビール飲めたよね?」
 そう聞かれたので、奢ってくれると言われた手前、うなずいておいた。奢ってもらうつもりはあんまりなかったけれど、さして食欲を感じてもいないからメニューを見ても決められないだろう。
 鳴海さんは注文を済ませるといつにもまして笑顔で、私に向かって口を開いた。
「で、巽はなんだって?」

 ここ最近で鳴海さんのことはちょっと知ったつもりだったし、このあっけらかんさは割と好きだった。
 なんだって、と言われても鳴海さんはどこまで話を知っているのだろうか。従兄弟だし今回の婚約話も知っている。ならば伊堂寺さんが相談などをしていてもおかしくはない。
 相談、しそうにないけれど。
 
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