過ちの契る向こうに咲く花は
「鳴海さんは、私のことを知ってますか」
 しかし話が話だけに、あえて全部さらけだすこともできない気がした。
「葵ちゃんのこと?」
「ええ、生い立ち、とか」
 探るように話す私になにか感じとってくれたのか「ああ」と鳴海さんが頷く。
「確かに巽は調べたとか言ってたけど、その内容だけはひとつも教えてくれなかったよ」
 ビールと枝豆、たこわさが出てきたのでいったん会話が止まる。

「葵ちゃんの生い立ちが関係ある話なんだ」
 軽く乾杯をして、鳴海さんがビールに口をつける。私も同じく。味はよくわからなくなっていたけれど、その冷たさで頭がすっきりしてくる。
「まあなんというか、ざっくり言うと両親と伊堂寺さんのおじいさまが関係があったというか」
 へえ、とすこし意外そうな顔をして、鳴海さんは枝豆を器用に外していく。

 どう話そう。ここにきて考えてしまった。そもそも相談したいのだろうか。強引に飲みに誘われて話をふられたけれど、絶対話さなきゃいけない義理もない。
「俺なんかに話して解決するのかなー、って顔になってるよ」
 そう笑われて、すみませんと謝る。そんなに素直に顔にでるのだろうか。それとも鳴海さんはとても気持ちを読むのがうまいのだろうか。

「いいんじゃない、解決しなくても。というか俺だってそんな的確なアドバイスをする自信ないし」
 ああ、そういやついこの間もこんな状況だったな、と思い出す。
「話してれば勝手に気持ちが落ち着いて、方向が決まってくることもあるよ」
 あのときも結局素直に話したんだった。
「そうですね、少なくとも巽さんより聞き上手で話しやすいですし」
 そこまで近しくない、でも信頼できる相手の存在は、結構助かるのかもしれない。

「そうそう」と笑う鳴海さんの顔は、たぶん無邪気とか無垢ではない。きっとこのひとはいろんな人間を見てきて、いろんな腹積もりも知ってきているのだろう、と思わせる雰囲気があった。

「私、両親のことをあまり知りませんでした。父親にいたっては名前も生死もです。巽さんは婚約者として間違えたあの日、私のことを調べたそうです。結果、伊堂寺家は私の両親に……後ろめたさ、のようなものを感じることがあったと」
 そこでまた女将さんが食事を運んできてくれた。焼き鳥の盛り合わせと揚げだし豆腐。同時に別のお客さんがのれんをくぐってきて、私たちとは離れたカウンターへと座る。
「巽さんはそれを知って、私を婚約者にしたてあげることにしたそうです。確かにそのほうが、なんというか親受けはいいんでしょうね」
 鳴海さんは私の話をしっかり聞きつつも、揚げだし豆腐を取り分けてくれていた。それをそっと手元に置いてくれて「おいしいよ」と言う。
 
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