過ちの契る向こうに咲く花は
「結婚する気は毛頭ない。親の酔狂な遊びに付き合うだけだ」
 そして言い切られた。これはもう、婚約者なんてただの飾りどころか自分にとっては道端の石ころと同じものだと思っているに違いない。
 要は、親の気を紛らわすだけの、形だけの存在がいたらそれでいい、と。
「だったら、そうご両親に伝えれば」
「それで済むのだったらさっさとしている。面倒なんだ、あのふたりは」
 どんな家族関係だ、と思えど、私には想像のつかない世界だろうから黙っておく。それに面倒と言ったときの顔が、本当に面倒そうだったから、きっと真実なのだろう。

「その、酔狂な遊びとやらに付き合うって、いずれ結婚って話じゃないんですか」
「しばらく付き合えば飽きる。あと一ヶ月もしたら兄のところに子どもが産まれるから、そのときにはもう俺の結婚なんて興味ないだろ」
「そういう、問題ですか」
「ありがたいことに、そういう問題だ」
 もはや、伊堂寺家とはなんなのかとため息が出るばかりだ。

 にしてもだ。
 だからと言って何故そこで私が婚約者になるのかがわからない。
 どうでもいいのならば、それこそご両親が選んだ野崎すみれさんでいいではないか。それにその方がご両親だって満足するだろう。
「だったら、野崎すみれさんでなにも問題ないじゃないですか」
 その疑問を素直に口にすると、伊堂寺さんの顔が一瞬歪む。
 歪む、というのはまた感情がわかりにくい。
「いや、お前でいい」
 だからその「お前で」とは一体なんなのか。もちろん、甘い期待なんざ猫の額ほどにも持ってはいないけれど。
「その思考回路が私にはさっぱりわからないんですけれど」
「簡単なことだ。お前のほうが扱いやすい」
 もう、なんか何を言われてもへこたれる以前に唖然とするしかなくなってきてしまった。

「なんだ、期待でもしてたか」
「いいえ、ちっとも」
 憮然と言われたので、憮然と言い返す。いくら伊堂寺さんが美形だからって、そんな面倒なことに巻き込まれることになんの期待やときめきが持てようか。
 それにそんな目立つこと、したくない。いずれ破棄、というか捨てられる結果がわかっていたところで、全力でお断りしたい。

 もう一体どうしたら、と頭を抱えたい気持ちでいると、突然笑い声が聞こえてきた。顔を上げると伊堂寺さんが、昨日のようにほんのすこしだけ笑っている。
「だから、お前でいいんだ」
 相変わらず「で」なんだけれども。
 こういうところだけは、ずるいよなぁと素直に思わずにはいられない。
 いや、断りたい気持ちはそのままだけれども。
 
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