過ちの契る向こうに咲く花は
「協力か否かの話であれば、元々決まっていた方でなんにも問題ないと思うのですけれど」
 それを何故、伊堂寺さんが拒否するのかもいまいちわからない。私のほうが扱いやすい、って彼は野崎すみれさんのことを何も知らないんじゃないのか。名前だってうろ覚えなぐらいなんだから。
「巽からこの話がどんなもんかを聞いたという前提で話すけれど、向こうの親御さんは結構ノリ気なんだよね」
 まあ相手は次男とはいえ大企業の息子だからね、とつけ加えられる。
「それで、やっぱり婚約は破棄にします、っていうよりも、最初から葵ちゃんみたいにその気がないひとを形だけ添えておくほうが、簡単だよね」
 相も変わらずこのひとは、ことばの選びかたに容赦がない。そのほうがわかりやすくてはっきりしていていいけれど、腹の中は真っ黒な気がして底が知れない。

「伊堂寺さんは、家から話をつければなんとでもなる、って言ってましたけど」
 どっちにしたって、断りの文句が今行くか後から行くかの違いだろう。だったら問答無用で拒否するより、ある程度実績を積んでからのほうがいいわけがしやすいし向こうも納得しやすいのではないか。
「でもこれであれやこれやと縁を繋ごうと、向こうがでしゃばってきたら厄介じゃない?」
 厄介。もう厄介事認定されているのかと思うと、野崎さんの家が不憫になってきた。
 そもそもが、親の勝手な取り決めで、結婚する気なんてさらさらない相手とはいえ。
「それに、既成事実作られたら、巽の逃げ場はいよいよなくなるし」
「作られる隙がなければ済む話では」
「ああいうのって、女の子が情に訴えちゃえばなんとでもなるじゃない」
 そういう問題だろうか。

「なんで私なんか」
 ため息まじりに本音が出てしまった。鳴海さんは聞こえていたようだったけれど、何も返してはこなかった。

 紅茶をもうひとくち流しこむ。無糖ではないのに、甘さなんてちっとも感じなかった。
 春の陽気もここには関係ない。陽が当たったところで、冷たい風がぬくもりを奪っていってしまう。

「鳴海さんって、どこまでも伊堂寺さんの味方ですか」
 なんだか外堀を埋められていく気がして、それに呼応するかのように疲れが溜まってゆく。
「無愛想だけれど、巽は悪い奴でも駄目な男でもないよ」
 だからちょっと協力してあげて。そう言わんばかりの瞳で、見つめてくる。
「昨日の今日で、そんな判断できると思いますか」
「してもらいたいね、ぜひ」
 無理でしょう。一日恋人のふりをしてくれ、と友人に言われるのとは天と地ほどの差がある。まだ知り合って二日目のひとの婚約者だなんて。
 しかも何故か共に住むことがセットになっているんでしょう。
 余計に無理だ。ルームシェアできるような人間ではない。私なんてとくに。
 
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