過ちの契る向こうに咲く花は
「お断りさせていただきます」
 伊堂寺さんには何を言っても聞かなさそうだった。なのでここではっきりさせておく。
 私に関わらないでください。そうつけ加えたい気分ですらある。
「うーん、やっぱりそうなるかあ。葵ちゃん、いいと思うんだけど」
 だけど鳴海さんは答えを予想していたかのように言って、残りのパンを食べきってしまった。
「まあでも、巽がどうでるかだよね」
 そしてそんな不穏な一言を残し、足取り軽やかに私の前から消えていった。

 昼食が摂れなかったとはいえ、午後の仕事はなんとかこなせた。
 急遽来週の展示会を水原さんと見に行くことになって、出張の段取りも済ませておく。そこで伊堂寺さんも同行するか否かの話題が出て、心が凍ったけれど、とりあえずはボスが止めてくれた。まあ実の得られる展示会かどうかも謎だし、水原さんによる私の教育を兼ねての出張だったし。理由がまともで、安心した。

 昨日は早かったものの、今日はさすがに平常営業でしっかり残業。残業食にありつく頃にはさすがにお腹も空いていて、昼間食べれなかったサンドウィッチもお腹に入れておいた。
 伊堂寺さんも同じように残業。そこの優劣はつけないボスだから信用できる。

 仕事中の伊堂寺さんといえば、昨日や今朝のことなんて知らぬ存ぜぬどころか何もなかったかのように振舞っていた。その姿は非常に愛想よく、ときに朗らかで頼りがいのあるものだった。
 仕事上は、できるひとなのだろうなぁと横目に思いつつ、そうなってしまうってのも大変だなぁと余計なことを考えてしまう。たとえば、家が経営者一族だと自然とそうなるのかとか、それとも愛想よくせねば付き合っていけない世界なのかとか。
 実際、仕事の説明をした角田さんからの評判もいい。「一を聞いて十を知るってのは、ああいうことなんだろうな」なんて言っていたから、仕事に関しては文句がないのだろう。

 だったら尚更、スキャンダルのようなことは避けるのが無難ではないのか。昨日のように私を拉致する場面を誰かに見られて、社内で変な噂が立つなど言語道断。という世界ではないのだろうか。
 私にはさっぱり、わからない。

 楽しみにしていた週末の飲み会も段々と気乗りしなくなってきてしまった。それまでに、伊堂寺さんが野崎すみれさんとの婚約を公にしていてくれたら別だけど。
 
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