過ちの契る向こうに咲く花は
 塩焼きそばは、前日とは違った雰囲気のなかで消えていった。
 どちらかといえば伊堂寺さんが積極的に話をしてくれていたように思う。無愛想だと思っていたけれど、相手にあわせて会話ができる人だった。
 もっとも、ビジネスだと割り切れば、それぐらい容易くしてきたひとなのかもしれない。社交的でなければいけなかった、とか。

 なんにせよ、鳴海さんに言われて気遣ってくれていたのだろう。

 食事中は他愛もない話、といってもやっぱり仕事とか鳴海さんの話とかしか共通点がないからどうしてもそうなるけれど、深くしなくてもよいもので終始すんだ。
 でもそれも、食事が終われば別の雰囲気を孕みだす。
 言いあぐねていたわけでも、遠慮していたわけでもない。だから伊堂寺さんもすぱっと話題を切りかえる。
「野崎すみれのことなんだが」
 そう言って彼はことのいきさつを話してくれた。

「一応あちら方の両親には俺から直接断りと謝罪を申し入れておいた。事情は素直に話していないが、納得せざるを得ないようにはしておいたつもりだ」
 もう一杯、コーヒー飲みますか。そう問う前に話が始まってしまったので、皿を片づけることなく私も椅子に縛りつけられる。
「伊堂寺さんのご両親には」
「別に結婚を考えている女性がいる、と伝えてある」
 それはそれで嘘なのだけれど。元々嘘の生活を送るつもりだったのだから、それでいいのだろう。
 私としてはすこし心苦しいものの、巻き込まれた形だからどうしようもできない。
 きっと伊堂寺さんは両家にも齟齬がでないようにうまく立ち振舞っているのだろうし、よけいなことは心配しないでおくことにする。

「ご両親はそれについてなにか」
「それならそうと早く言えと怒られはした。野崎すみれの家にも申し訳ないことをしたではないかと。まあその代わりあちらの家とは前々から進んでいた仕事の話を双方納得がいくように進めていくことで合意したらしいからな。それほど面子などは気にしていないだろう」
 やはりそういう世界なのか、となんともいえないため息が出そうになった。そもそも野崎すみれさんも伊堂寺家とビジネスの話ができる家庭の出身だったことにも驚く。

「余談というか、さしでがましいですが、ご両親に私のことは」
 すこし気になったので聞いておく。私はなんの後ろ盾もない一般庶民だ。色々絡んでそうな世界に招きいれられるような人間ではない。
「……時期が来たら会わせると言ってある」
 めずらしく伊堂寺さんの返事に間があった。
 ああ、もしかしてそれなりに小言でも言われたのかなぁと申し訳ない気持ちになる。
 何度も言うけれど、巻き込まれたのは私なのに。
 
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