過ちの契る向こうに咲く花は
「で、なにを言われた」
 伊堂寺さんは容赦ない。
「言わなきゃ駄目なんですか」
 ほっといてくれてもいいのに、と思わずにはいられない。だって言われても当然のことだったのだから。
「俺は情報を開示したし、俺のせいで迷惑をかけたんだから、できれば知っておきたいんだがな」
「知らなくても困らないと思うのですが」
「それは聞いてみなければ判断できない」
 でもやはり、譲る気はないらしい。

 こうなっては、軽く言ってしまうのが一番かと考える。あまり重たい話にはしたくない。そうしたところでどうしようもない問題なのだから。
 多少、嘘をついたり脚色したっていいだろう。
 期間限定の関係のひとに、素直になることはない。きっと。

 深く、息を吸う。顔を上げる。
 ある程度愚痴っぽく言ってしまえば、すこしは楽になるかもしれない。そんな楽観的な本音。

「たいしたことじゃないです。なんでこんな子が、って。それだけです」
 白状した私に伊堂寺さんが片眉を上げる。どういうことだ、と問われているみたいだ。
「あちらの野崎さんは、美人ですから。元々話したこともほとんどないんです。ただ彼女の話は時折聞いてましたから、一方的に知っている感じです。それに比べて、私は目立つこともないですし、見た目もこれですし」
 案外すんなりとことばは出てきた。特に胸が痛むことも恥ずかしいこともないのは不思議だったけれど。
 でも全部事実。彼女は美人で仕事もできる。私は地味に、目立つのを恐れているのだから、彼女の言わんとすることは理解できる。

「目立つ目立たないや、美人か否かがそんなに大事か」
 伊堂寺さんは真っ直ぐに問う。そのことばに嫌味ったらしさや怪訝さもないのが清々しい。
「伊堂寺さん、自分のことわかってますか」
 噂によれば、美形らしい。
 そんな前評判でやってきた人間が、ほんとうにそうだった。ともすれば女子社員は色めきだつし、野崎すみれさんだって思うところはあっただろう。
 そんなひとが選ぶには、私はあまりにも不似合いすぎたのだ。

「せめて顔だけでも良ければ、って。私が逆の立場でも、そんなふうに思うんじゃないかなと」
 それを言えるか否かはまた別問題だけれど。
 その点で野崎すみれさんは、言えるだけの自信と相応のものを持っているのだ。
 
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