過ちの契る向こうに咲く花は
 つづがなく終わったように見えた歓迎会も、最後の最後に予想外の展開が待っていた。
「野崎、もう遅いし送ってもらえば?」
 水原さんが、突如伊堂寺さんを指してそんなことを言う。いつもは「送ってやろうか」すら言わないのに。
 タクシー捕まえますから、と言っても周りが先にのってしまった。伊堂寺さんもはっきり言ってくれたらいいのに、人付き合いを考えてなのか面子の問題なのか、嫌だという素振りを見せてくれなかった。

 なので結局、ふたりでタクシーに乗る羽目になってしまった。
 しかも見送られている以上、私の家方面に向かわなくてはならない。どうせだから家に寄ってもうすこし荷物を取ってきてしまおうかと思う。

 ただ、発進してからの車内は重苦しい空気が充満していた。原因は伊堂寺さんに他ならない。
 なにか考えごとをしている、といえばそうなのだろうけれど、その顔の無表情さといったらない。熱のない爬虫類の瞳。
 これではタクシーの運転手さんも気の毒だ、と思えど私にどうにかできる問題でもないので、ここはもう気にせず車に揺られることにした。

 金曜の夜。街中には仕事帰りや学生が溢れかえる。みんなどこか浮かれて、どこか割り切った顔を浮かべて。
 きれいに着飾ったお姉さん。客引きを頑張るお兄さん。酔っ払って電柱に説教してるサラリーマン。馬鹿騒ぎしてる大学生。
 みんなそれぞれ。だけどよく見る光景。

 私もあの中に入りたかったな、という願望がないといったら嘘になる。会社の飲み会こそ行きはすれ、学生時代もその後も、友人らとああやって騒いだ記憶はほとんどない。
 後悔。そんな簡単なことばでは言い表せない。自分で選んだんだから、後悔してはいないという気持ち。諦めにも似た、曖昧な気持ち。
 今からでも遅くない、なんてもう思えない。それだけは確か。

 街中を抜けて私のアパートへと向かうタクシーから見る景色に、伊堂寺さんの横顔が重なった。きれいで整っている顔立ちは、真正面より横顔のほうがうつくしく見える。
 日本人にしてはめずらしいなと思う。顔立ちはちっとも西洋人じゃないのだけれど。だから日本人らしいうつくしさ、なのかもしれない。
 
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