過ちの契る向こうに咲く花は
 鈍い痛みを引きずって昼食へと出かけた矢先、鳴海さんと鉢合わせしてしまった。
 午前のことがあったからなんとなく気まずいものの、向こうは噂を知ってるのか知らないのか、暢気な体で昼食に誘ってくる。
 社員食堂でもなく、中庭でもなく。会社からちょっとだけ離れたカフェだった。

 若干悩みはしたものの、素直についていくことにした。ひとりで食べるのが嫌だったのかもしれない。変な噂にはなっていたけれど、もうなっているのならば今更杞憂したところでどうしようもないかなと思った。
 カフェに入ると、窓際の日当たりが良い席へ通される。
 出された水をひとくち飲んで息を吐く。なぜか鳴海さんに笑われた。

「疲れた、って顔してる」
 ため息と思われたのかもしれない。
「そうですね、色々ありすぎて」
 でも間違えてはいない。半日でたっぷり疲れた。生理のつらさもあるとは思うけれど。
「巽と噂されたり、俺と噂されたり?」
 ほんとになんとなく、そんな話をされるだろうなとは思っていた。だからこそストレートなことばに思わず笑ってしまう。
「まさか二股かけることになるとは思わなかったです」
 ランチプレートのスープだけ運ばれてきて、ふたりの間に湯気の膜を張った。

「ごめんね、俺が浅はかだった。巽のことで迷惑かけてるし、話してすこしでもって思ったんだけどねぇ」
 鳴海さんが伊堂寺さんと違うところは、こういうところだなと素直に感じる。伊堂寺さんにはこの姿勢がない。
「鳴海さんは別に……噂は噂ですし」
 だから私も柔軟な姿勢をとれる。責め立てる気分にも声を荒げたい気持ちにもならない。

 何か言おうとして鳴海さんが口を閉じる。なんだろうかと思っていたら店員がメインを運んできたところだった。私はパスタ、鳴海さんはハンバーグ。
 とりあえず食べようか、の声で私は手を合わせる。
「葵ちゃんって、行儀いいよね」
 屈託のない笑顔で鳴海さんが言った。
「母が厳しかったので」
「そうかー。いいお母さんだったんだね」
 母のことを褒められて、ちょっと気持ちが楽になる。

 他愛もない話で食事は進み、半分を越えたところだった。
 休憩時間に限りはあるのだから、本題に入りたかったのだろう。「でも」と唐突にそれは始まった。
「噂は噂、って割り切っているように見えて、実はなんか引っかかってるでしょ」
 ある程度覚悟はしてたから、唐突というほど唐突でもないけれど。
「いえ、噂なんてどうにもできないですし。すこしの間我慢してたら消えるものじゃないですか」
 フォークに巻いていたパスタが一気にほどけてしまった。
 
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